5. 前哨戦
『あ~、うん、戻った。間違いなく一年前のミリーに戻った』
あの後、ガスは真っ赤になりながらも怪物と対峙したときのことを検証して
『とにかく、相手は凶暴な上にかなり強い。慎重に考えられるだけの手をつぎ込んで戦おう』
クイーンとローラさん達も交えて作戦を立てた。
その一つを実行する。私は影丸とローラさんの率いるハニービーの衛兵隊、一隊と共にお花畑を大きく迂回して、お山の六合目を目指していた。
「こっち!」
影から影に伝い進めるという能力を生かし、お花畑になだれ込んだ土砂の跡を先に偵察してくれた影丸が先導する。
私はショートソードに力を溜めて、地面に突き刺し、跡に残る『腐土』を浄化しながら追った。
この先に春の雪解け水が削ったのか、大きくえぐられた跡のあるという。そこに『腐土』が埋まっていて、土砂と一緒にお花畑まで流れ落ちたのだろう。
『でも、もうそこには、それほど『腐土』の瘴気は感じなかったんですって』
影丸の報告にガスは多分、流れ出した土の方に多くの『腐土』が含まれていて、それが金獅子草を怪物に変えてしまったのだろうと推測した。
『だけど、アイツほど強くはないけど、残った『腐土』で変化した植物の怪物がいるようよ』
『それを利用しよう。『腐土』で怪物になったモノは更に『腐土』の力を求める。魔王時代、そうやって怪物同士が喰い合った記録が勇者の手記にあるんだ』
その怪物を倒し、おびき寄せる餌にする。影丸が私達を振り向いて、口の辺りを手で覆う。
「ここから先はなるべく静かにと言っている」
ローラさんとハニービー達が地面に降りた。この怪物も振動で相手の位置を掴むらしい。そっと皆で足音を忍ばせて進む。ごつごつとした岩や土が剥き出しの山肌を登っていくと、視界に緑の大きな塊が見えた。同時にぷんと腐った臭いが風に乗り降りてくる。
「あれね……」
私は鼻を押さえ、小声で確認した。影丸が頷く。
あの緑がここに生えていた地を這う植物が化した怪物。そして、この臭いは『腐土』と、奴が蔓で絞め殺した鳥や小動物を根本に埋めた腐敗臭だという。しかし、そいつは金獅子草の怪物より一回り以上小さく、直接喰ったりしないし、蔓も葉っぱが変化した柔らかいものらしい。
『じゃあ、ソイツで皆で考えた怪物退治の方法を試してきてくれないかい?』
ローラさん達が担いできた背負子の中の荷物を開ける。
「まずは前哨戦ね」
私は影丸を呼ぶと彼の背に手を当て、力を注ぎ込んだ。
* * * * *
「ただいま~」
「お帰り、ミリー、カゲマル、ローラ様。皆、無事で良かった」
「ああ、作戦が上手く行ったからな」
無事な私達の姿を見て、ガスがほっと胸を撫で下ろす。
「それにしてもたくさん持って帰ってきたね……」
「うん、餌は多い方が良いと思って」
倒した怪物の死骸を適当な大きさに切り、入れてきた背負子を彼に渡す。ガスが中を確認してハニービー達に渡した。
「じゃあ、これをさっきの網に」
「はい!」
彼女達が草の蔓を編んで作った網に死骸を入れる。
「ローラ様、ちょっとこの図を見て頂けませんか?」
次にガスはローラさんの前に手書きの図を広げた。
「衛兵さん達の話によると、この場所が飛行にも慣れていて良いということなのですが……」
図にはペンで木や繁みを示す丸が描かれている。
「ああ、我々の飛行訓練場にもなっている一角だ」
「では、この枝にアレを下げます」
ガスは図の奥の丸に印をつけた。
「解った。後は私の方で隊の配置を決めよう」
ローラさんが図を手に部下達の元に向かう。
「で、カゲマルはどうだった?」
「うん。前より随分長く止められたよ」
「良かった。じゃあ、カゲマル、また見張りを頼む」
影丸がとぷんと影に潜り、怪物の見張りに戻る。ガスの傍らには括られ積まれた束を指差した。
「こっちの準備も大分進んだ。ミリーが浄化に専念出来るように戦術を組むから」
地面に座り、再度検証する為、過去の相談や事件を記した綴りを開く。
「お疲れ様です」
私はハニービー達が持ってきたハーブ茶を受け取ると、ガスに渡して隣に座った。
「ねえ、ガス。お店はハニービー達から何を仕入れているの?」
ハニービーの薬師さんがガスを手当してくれたように、お店は自分達で薬作りが出来る知性と能力を持っている魔物には、作り方や治療法を教え、薬師になってもらっている。そして、年に一度、その地では手に入らない材料を使った薬を卸し、新しく出来た薬の製法を教え、代わりに彼等ならではの材料を仕入れているのだ。
「蜂蜜だよ。彼女達の作る蜂蜜は普通のミツバチの物より、ずっと栄養価が高くて、長患いの患者さんや幼い患者さんの療養食にぴったりなんだ」
お茶を啜る。これにもその蜂蜜が入れられているのか、ほんのり甘い。
「そう。じゃあ、その蜂蜜の為にも頑張らないとね」
拳を握る私にガスがふにゃと笑った。
「それもあるけど……」
周囲でせっせと準備や、打ち合わせに勤しむハニービー達を見回す。
「普段、ハニービーは花を育てながら、厳しいお山の自然の中、皆が寄り添って生活しているんだ。ハニービーのお山には毎年秋に訪れるんだけど……」
身体が大きくて自分達の巣には入れないガスの為に、彼等は毎回小さな仮小屋を作って、お山の実りでもてなしてくれる。
「本当に親切にして貰っているんだ。だから、そんな彼女達の平和な時間を取り戻せたら、って思ってる」
ふにゃりと穏やかに笑う横顔に、私も小さく笑って彼の肩に肩を寄せた。
「私も一緒に行ってみたいな……」
ちょっと甘えた声でおねだりしてみる。
「じゃあ、今年の秋は一緒にここに来よう。その頃はお山が紅葉して本当に綺麗だよ」
「うん」
ハニービー達を見つめるガスの目はとても優しい。再び綴りに目を落としたガスを見て、私はショートソードの柄を握って気合いを入れた。
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