2. 『和国』の『物の怪』

 ぐう~、ぐぅぅぅぅ~。

 オークウッド本草店の住居部分の二階。私の部屋のベッドで、拾ってきた黒い人形のような子がさかんにお腹の音を響かせている。

「お腹をすかせて行き倒れた魔物ね~」

 枕元ではフランが呆れたように、ぷるぷると揺れていた。

 あの後、またぐったりとしてしまったこの子を放ってはおけなくて、私はお店に連れて帰った。オークウッド本草店は初代のお母さんを育てた『おじい様』の繋がりで魔物に縁があり、彼等を診ることもある。

 店一番の薬師でお医者でもある番頭さんが

『空腹で動けなくなったようですね。弱い魔物のようですし、しばらく置いても害はないでしょう』

 と診断し、保護することになったのだ。

「出来たよ~」

 トントンと階段を登る音がして、ガスが部屋に入ってくる。手にしたお盆の上には、水の入ったコップと柔らかく煮込んだ麦粥、私が先ほど市場で買い付けた、レイシの実が四つ乗っていた。

 甘い粥の匂いにピクリ! と黒い彼の頭が動く。

「……!!」

 勢いよく起きあがった彼に

「思ったより元気そうだね」

 ふにゃりと笑ってガスはまず水をあげた。

 彼がコップと両手で掴み、ごくごくと音を立てて飲み干す。

「はい」

 一匙、粥を乗せて差し出す。ぱくっ!! 彼は勢いよく食いついた。

「うん、麦粥は食べられそうだね」

 もごもごと動く口から匙を抜き取り、ガスはふにゃと目を細めながら、器ごと粥を彼に渡した。

「………………」

 彼が何かを言って、頭を下げ、器を抱え込む。

 カッカッカッ!! 音を立ててガツガツとむさぼる姿に

「これじゃあ、足りないかな?」

 ガスはレイシの実の皮をナイフで剥き始めた。

「何て言っているんだろう?」

「う~ん、『和国』の言葉に似ている気がするけど……」

 『和国』には大陸の魔物と同じ『物の怪』と呼ばれる魔物がいると聞く。

 レイシの厚い皮を剥くと、甘い果汁たっぷりの白い実が出てくる。ガスは一つを私に、もう一つをフランに渡し、粥を食べ終え、もの珍しそうに見ている彼の空になった器にも入れた。器用に匙で丸いレイシの実を口に運んだ黒い顔がぱぁぁぁ!! と輝く。それを見たガスが最後の一つも剥いてあげると

「食べたら、国にお帰り」

 ふにゃりと笑んだ。

「多分、何かの拍子に『和国』の船に乗ってしまって、大陸に来ちゃった子じゃないかと思うんだ」

「うん。私もそう思う」

 目を閉じ、勇者の知覚でそっと彼の力を探る。番頭さんの言ったとおり、隣のフランよりは強いが……正直『小山でもスライムはスライム』と呼ばれる彼女達に毛が生えた程度の力しかない。こんな子が誰の保護も無く大陸の魔物の中で暮らすのは無理だ。

「私が港まで連れていって、帰りの『和国』の船に乗せてあげるよ」

「その方が良いね。『和国』とはうちも取引があるから……オレの貯めた小遣いから船賃出すから、うちの店の名で、ちゃんと客として乗せてあげてくれるかな?」

「私も聖騎士のお給金から出す。そうすれば帰りの船旅でもご飯が貰えるからね」

 二つ目の実をむくむくと美味しそうに食べている彼が白い果肉を飲み込む。

「…………」

 私達に向かい、何かを訴えた。

「フラン、解るかい?」

「さすがに私も『和国』の言葉は……」

 半透明の水色の身体の中で貰ったレイシを味わいながら溶かしているフランがふるふると身体を揺らす。お店で働くフランの一族は野良スライムと違い、人語を使えるが流石に異国の言葉までは無理のようだ。

「まあ、でも、魔物同士なら、これで」

 ぴとんと彼と身体をくっつける。魔物は自分の考えていることをそのまま思念として、魔物同士伝え合える力を持つ。ただ、弱い魔物だとそれをするには身体を一部をくっつけ合う必要があるらしい。

 彼がくっついてきたフランに手振りを加えて何かを話す。それにフランがぷるぷると答える。

「坊ちゃま、お嬢」

 身体を離すとフランはくねくねと困ったように身体をひねった。

「この子、同じ『和国』の魔物を探しに大陸に来たみたい」

「は?」

「『主のご息女、『桜の姫君』を知ってござらんか?』ですって」

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