第39話 出来ることをする

500には届かないが夥しい数のスズメバチが投入され、その羽音や顎を鳴らす音が魔獣の断末魔や剣劇よりも大きく空に響き渡る。

その異様な音、蜂の大きさに傭兵や私兵たちも及び腰になる者もいる。


「かなりの大型ともなると毒の回りに時間がかかるようですね」

「でもスズメバチは何回も刺すことが出来るから…毒耐性がない魔獣は耐えられないと思うけれど…」


”疲れる”ということを知らないスズメバチの体は、エネルギーが底を尽き動けなくなるその時まで全力で女王バチ―この場合ミカエラの指示に従い猛攻を繰り返す。

その地点より離れた場所では、アネッサがミカエラとフレデリックの傍には守りを固めている。

たまにスズメバチや傭兵の攻撃網を抜け近づいてくるやや小ぶりの魔獣がいるが、全てアネッサがファルシオンを振るって仕留めていた。


「アネッサも剣を使うのね」

「いいえお嬢様。私は得意なのは短弓です。でもこういう体が大きな魔獣なら刃に重さがあるファルシオンの方が効率がいいので…。ヤルマールも本来のエモノは子母鴛鴦鉞という異国の近接武器のはずですよ」


目をぱちぱちさせて訊ねたミカエラが喧騒の方に頭を向ける。

ヤルマールは軽装でケガしている私兵に借りたらしいハルバードを振り回している。細身の見た目なのに恐ろしいほどの膂力だ。


ミカエラたちは野戦病院モドキにいた。

ケガ人は殆ど地面に雑魚寝だし、雇われた治療師も手が回っていなかったので、折形”バケツ”で出したきれいな水で傷を洗い、折形”バンソウコウ”を貼ったり、血止め草を貼り付け包帯を巻いたり添木を当て患部の固定をしたりしていた。

山賊討伐に出ることもあるフレデリックは多少耐性がある状況だが、ミカエラは青い顔をしながら親身に世話していた。


「ミカエラ。少し休むといい。顔色が悪い」

「はい…ごめんなさい」

「謝ることはないよ。こんな凄惨な現場に耐えられる人は少ないのだから」


むせるような血の匂いに酔ってしまったミカエラは少し離れた場所に座り込んだ。

田舎育ちで足腰も鍛えられていたつもりだったが、4人の中で一番体力も気力も無いことを痛感する。


「お嬢様、もう少し風上に移動しましょうか?」


アネッサがさっと来て介助するようミカエラの体を支える。


「うん、ごめんなさい…」

「謝る必要はありません。ここにいる戦いに身を置く人たちや私たちのような護衛でもない限り、普通は気分が悪くなるもんです」

「日義兄様も平気だわ」

「あの方は領主の次代として領地内のならず者を裁いたり処分なさったりもしますしね。…逆に安心しました」


ミカエラは小首をかしげる。


「お嬢様はけっこう達観なさってて色々お出来になってしまうけれど、ちゃあんと年相応の所もあるんだなって」


アネッサが素早く用意した簡易椅子に腰かける。

そこから前線にいる傭兵やヤルマールたちの無事を祈った。

少し離れた場所からフレデリックがその様子を窺っているとも知らずに。

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