第30話 船旅
祖国ラエドニアから陸路でマガタ国のマナシ男爵領へ移動する際、救援物資とそれらを運ぶ荷馬車と御者などを連れていたが、彼らには帰国をしてもらった。
これからはフレデリック、ミカエラ、フレデリック付の従者ヤルマールとミカエラ付のメイド・アネッサの4人旅になる。
ヤルマールはミルクコーヒー色の肌、漆黒の髪と灰色の目を持つ痩身で無口な青年だ。
ミカエラは今回のことがあるまでヤルマールは見たことが無かった。
それもそのはず、ヤルマールは今回の件で従者として付き添うことになったアネッサと同じ暗部の人間だからだ。
スファスリエ国の中でも暗器の扱いに長けた一族の出で、本来であればジュリエッタ夫人の護衛。
ただ彼女の希望でこの遊学の間だけフレデリックの傍にいることになったのだ。
「隣のサンドレア国には船で行こう。最短だと山脈を突っ切る形になるが、まだ山には雪が残っていて危ないからね…。少し迂回するけれど海路の方が安全だ」
フレデリックの提案で海路を取ることが決まる。
辻馬車で港へと移動しサンドレア行きの船の乗船券を入手する。
「船に乗るのは初めてです」
「波の揺れが激しいと具合が悪くなったりするから、そうしたらすぐ言うんだよ? ミカエラ」
「はい」
タラップを踏んで乗り込み、部屋を探し当てるとミカエラは初めての船旅に浮かれた様子で旅装を解いていく。
傍らでアネッサが強張った顔で立っていたが、深く息を吐き出し荷ほどきを始めた。
ヤルマールとアネッサは3等で良いと抗議したのだが、護衛が離れては意味がないだろうと主人と同じ客室…1等客室を当てがわれてしまったのだ。
「お嬢様、お疲れでなければ看板に出てみます?」
「そうね、見てみたい」
クルーたちがトップスルを開いて風を受けやすい角度に動かすと、船はゆっくり港を離れる。
「わぁ…」
「海風が気持ちいいですね」
(周辺は…海の向こうはどんな感じなんだろう…)
ミカエラは”目”の代わりをしてくれるツバメを折形をこっそり飛ばした。
「お嬢様」
「はい?」
掛けられた小さな声に振り向くと後方にヤルマールが少し頭を下げた状態で立っていた。
旅行者に紛れるような服を着ているので大っぴらに礼は出来ないのだろう。
「船室の方に」
”おいでいただけますか?”まで言うこともなく、先導として歩き出してしまう。
慌ててヤルマールについていくミカエラに、「言葉足りなさすぎでしょ」とアネッサが耳打ちした。
「ミカエラ、こっちにおいで」
フレデリックは新聞を手に長椅子でくつろいでいた。
ミカエラはその隣に座る。
「疲れていない?」
「疲れてませんよ。船が着くまですることもないですし」
「そう。…うん、顔色も問題なさそうだね」
フレデリックがミカエラの
「流行病の最前線で活躍してたから、ちょっと心配だったんだ」
「気を付けるべきことが分かっていたから大丈夫ですよ。…ところで何かお話が?」
フレデリックは手にしていた新聞を数枚めくり、ローテーブルの上に広げた。
「サンドレア国のオーボンヌ伯爵領で魔獣のスタンピートが確認されたそうだ」
「出現数が膨れ上がったということでしょうか?」
穏やかでない内容に無礼と分かっていながらヤルマールが口をはさむ。
「いや、それぞれの個体が巨大化し、狂暴性を増したと載っている。数が爆発的に増えたわけではないから領主が傭兵などを雇って対応しているらしい…。まだ国の大事とは思われていないのだろうな」
「1ランク上の魔獣になったようなものでしょうか」
「1か2かは分からないが、外見とは異なる強さを持っているということだな。…どうする? 入国をやめておく? …私はローほど剣術に長けていないから役には立てないし、アネットたちの負担が増えてしまうと思う」
「オーボンヌ伯爵は日義兄様と縁がある方ですか?」
「オーボンヌ伯爵領の東隣にあるシグヘイム子爵とは付き合いがあるね」
「…伯爵領で押し留められないとシグヘイム子爵領も無事ではないのですね」
ミカエラもローヴァンに手ほどきを受けている最中でまだ実戦レベルではない。
それでも”助けない”という選択はない。
「日義兄様、戦闘が出来なくても手伝えることはたくさんあるはずです。行きま―」
その時、飛ばしたツバメの視界に異様なものが映った気がした。
(旋回してもう一度…)
訝しがる3人を尻目にミカエラは視界に集中する。
「日義兄様! 海の中に大きな魔獣がいます」
「―何だって?」
「こちらに向かって移動している…このままでは船とぶつかってしまいます」
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