第6話 義兄と魔法
一週間ほどランシア家の生活の流れを体験してから、いよいよフレデリックとローヴァンが教師役としてミカエラにつくことになった。
いざ蓋を開けてみると、基本的な学問は問題なく、ただ貴族が身に着けるべきマナーや王国に存在する貴族の家名などが抜けているだけだった。
マナーは母や母が用意したガヴァネスが教えるので、フレデリックは各家門にまつわる歴史や政治的背景を簡単に教え、残りの時間は茶とお喋りを楽しむようになった。
体力作りに関しても、長旅をしたり家の手伝いをしていたこともあって王都の同世代よりは鍛えられていた。
今まで聞いたことが無いような効率の良いトレーニング法もよく知っていて、ローヴァンは逆に教わる立場になっていた。
「指先に魔力を灯すような感じで…そう、指に集まった球体の魔力を回転させ…そのまま目の前の木を…」
しかし木々を揺らす風にはならなかった。
「やはりダメでしたね」
「指先に魔力は集まって動かすことも出来るのになぁ…指を離れると霧散してしまうな」
無表情だが、ほんの少し落胆の色を見せるミカエラを慰めるように、フレデリックはミカエラの頭を撫でた。
最近ミカエラの感情の機微が少しわかってきた。
当のミカエラは通常の食事とデザートを摂っているおかげで、ほんの少し顔も体も女性らしくなってきた。まだまだ細いが。
入浴時に使用人たちに磨かれているのか荒れた手や肌も整い、髪も随分とハリが出て黒曜石のように輝いていた。
今はローヴァンが幼少の頃に来ていたシャツとトラウザーズを身に着けているが、クローゼットにはたくさんのドレスが収められ、今日はどの服を着ているのかを朝食時に確認するのが目下の父と母の楽しみになっている。
ローヴァンも今は銀髪に戻していた。
日中ミカエラの面倒を見ているので、緊急時以外は日勤にしてもらっているのだ。
「月義兄様は風の魔法が得意なのですね」
母に似て淡い金髪と新緑のような瞳を持つフレデリックと、父に似て銀髪に夜のような藍色の瞳を持つローヴァン
まるで昼と夜のような2人に、ミカエラは言いやすく、差別化を図るために
「得意と言うか…持ち合わせた魔法属性が風属性だからね。あと、騎士団員になると身体強化の魔法が使えるピアスが支給されるんだ。魔法が使えない団員でも速く走れたり、重いものを持ち上げたりできるから重宝しているよ。王宮魔導士が作っているらしいんだけど…」
ミカエラは一瞬驚いた表情をすると目を逸らした。
何かやましいことがあるようだ。無表情だが態度が子供のように正直で丸わかりだ。
ローヴァンはミカエラが逃げられないよう腰抱きにして引き寄せる。
「…ミカエラ?魔法について何か思うことがあるのだろう?」
普通なら甘いシチュエーションなのだが、ミカエラは顔を赤らめるでもなく、ジタバタを手足を動かし逃れようとしている。
兄が相手でも先は長そうだと思いながら膝の上に座らせると、観念したようにおとなしくなった。
「…普通は属性の魔法しか使えないのですか?」
「うん。優秀なソーサラーは2つの属性を持っていることもあるよ。…もしかしてミカエラは2つの属性が使えるの?」
「…分かりません」
「分からない、とは?」
「秘密です」
「僕たちは家族になったのだし、ミカエラを守るためにも教えてくれないかな? 内緒にするよ」
長い沈黙の後ミカエラは念を押すように「内緒ですよ?」と言いローヴァンを見た。
「折形の折る形によって効果が変わるのです」
「効果が変わる?」
「鳥を折れば伝令や偵察に、コップを折れば飲み水が沸き、手裏剣を折れば相手を切り裂くことが出来るので、属性というものが分かりません」
ローヴァンには”シュリケン”が何かは分からなかったが、ジャイアントボアを倒したのはソレだと察し、更にミカエラが想像を超えるソーサラーであることが分かってしまった。
「内緒」と言われたが、これは間違いなく家族会議案件であろう。
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