第1話 ワンダリング
街道の歩哨中のこと。
穏やかに晴れた空。その平穏さを切り裂くように甲高い悲鳴が微かに聞こえた。
「誰か追いはぎに襲われているのかもしれない。行こう、ロー」
最近王都への街道には越冬用の食料を狙った盗賊がよく現れ、傭兵なども徴用して哨戒していた。
護衛を雇わない小規模な商隊が複数犠牲となっており、2人が所属する第5騎士団でも警戒にあたっていたのだ。
「場所は”視えた”か?エミリオ」
声が聞こえた方向に向かって走りながら、偵察型の相方・エミリオに問う。
「このまま500m先の森の入口。1人が2体の大型の獣と対峙している」
盗賊以外にも、冬籠り前に食い貯めをしておこうとする害獣による被害も後を絶たなかった。
「腹を空かせて山を下りてきた害獣の類か…先に行く!」
攻撃型のロー…ローヴァンが身体強化をして弾丸のように飛び出していく。
何日ほど歩いただろうか。
髪も肌も荒れ、薄汚れた外套を羽織った少女はトボトボと東へ進んでいた。
路銀も心許ないので、目的地がまだ遠いようなら次に立ち寄る街で少し働かないといけないかもしれない。
香辛料の効いた硬いジャーキーをちびちび齧り、塩気で喉が渇いたので清水を求めて森に足を踏み入れる。
しかし大して歩かないうちに、食べ物の匂いにつられたのか、ジャイアントボアに出くわしてしまった。
のっそりと現れ、こちらを窺っているがすぐには襲ってこない。…『品定め中』といったところか。
「手当たり次第に人を襲う魔物ではないでしょうが…」
お腹が空いているので美味しく頂かせてください と心の中で呟く。
少女はベルトポーチから平たい何かを取り出し、ジャイアントボアに向けて放った。
と、同時にローヴァンが駆け付け、少女とジャイアントボアの間に体を滑り込ませた。
「もう大丈夫だ…」
後ろに庇った少女に向けて安心させるよう言葉に紡いでいる間に、目の前の2頭のボアから大量の血が噴き出す。
「な…!?」
「あ、血抜きをしてるだけなので大丈夫です」
ローヴァンにほっそりとした顔を向けた少女は、魔物にも突然現れた男にも臆することなく淡々と答えた。
後から駆け付けたエミリオと一緒に解体を手伝い、彼女を正門の中へと連れ立った。
「ここが王都だよ。ミカエラさん」
同い年の妹がいるというエミリオは気さくに話しかける。
「無事辿り着けたようでよかったです。」
にこりともせずに少女は答える。巨大なボアにも怯えなかったし、表情が乏しいのかもしれない。
簡単に束ねたくせのない黒髪、ぱっちりとしたヘーゼル色の目、少し低めの鼻、真一文字に結んだ口…。
少女…ミカエラ・コルガータは他界した母の遺言で王都を目指していたという。母の伝手がいるとのことだった。
「そのボア肉はどうするんだい?」
「宿代が足りないかもしれないので…このお肉で折半してもらえないかと。」
「アハハ いい考えだね!ミカエラさん、しっかりしてるねー。」
案内していると安いが飯の美味い宿屋の入口に辿り着く。
「伝手のところへ直接行った方がお金を工面しないで済むんじゃないか?」
「湯を使って少しは身綺麗にしようと思いまして…」
確かに旅の汚れがついたまま知己の下に行くのは躊躇われるだろう。
「ゆっくりするといい」
「はい。ありがとうございました」
「働き口を探すのなら第5騎士団はどうかな?
「はい。前向きに検討します」
さり気なく騎士団への勧誘も果たすエミリオに舌を巻く。
先ほどのジャイアントボアを仕留めた技は魔法とのことだった。
「私は”力の言葉”や指とか杖を使う魔法綴りの発動が上手くいかなくて…母と一緒に別の触媒を使うことを考えたのです。」
ジャイアントボアを解体している時に、どんな方法を使ったのか訊ねたら、彼女をそう答え、ポーチの中のものを取り出した。
「これは…?」
小さく折りたたまれた紙のようなものが彼女の手の平に乗っている。
それは簡易的ながら鳥や花の形をしていた。
「”
「へぇ…こんなの初めて見た。君の住む街での特産品とかなのかな?」
「これは母に教わったものなので、村の人も知らない技法だと思います。…母は渡り人だったのです。」
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