第50話 永徳の説得

 会場の照明が絞られ、それとともに静寂が広がる。

 ステージ上の巨大ディスプレイには、ダンスコンテストの開始を告げるオープニングムービーが流れはじめた。


 ––––結局、どうなったんだろう。笹野屋さんは控え室に引っ込んだっきり、音沙汰ないし……。マイケルさんは、スタッフの人と、リハみたいなことをやった後、どこかに行ってしまったし。


 佐和子はハラハラしながらも、できるだけステージに近づき、カメラを構える。他の報道機関も同様に、いいアングルを狙って撮影場所を探していた。あれ以降も特にアナウンスがないので、彼らもOKITSUNEが出てくるていで取材を始めたらしい。


 ムービーが終わり、再び暗闇が戻ってくる。

 直後に腹に響くような低音が、脈を打つようにゆっくりと繰り返される。


 ––––これは、心臓の音?


 ステージが一筋の光によって照らされる。

 そこには白いワイシャツに、黒いジーンズ姿のマイケルがうつ伏せに倒れていた。


 会場に響き渡るような鼓動に合わせて、胸の辺りだけが上下している。まるで力尽きてその場で朽ち果てた吸血鬼が、自らの力で蘇生するが如く。


「えっ、なんでマイケルさんがステージに?」


 OKITSUNEはどうしたのだろう。まさか説得の間の時間つなぎに素人であるマイケルが出る羽目になったのだろうか。

 周りの報道陣もザワザワし始めた。しかしその直後、鼓動音が早まるのに合わせ、マイケルの体が、まるで糸でつられているかのような動きで起き上がる。顔は半分仮面で隠されているが、背格好や髪型、髪色などを見るに、やはり彼で間違いない。


「すごい……」


 妖術などではなく、繊細な筋肉の動きによって、普通の人間ではありえないような動きを実現させている。人形のようだった体の動きは、足元から少しずつ、脈を打つような動きが広がるがごとに、命が宿っていく様が表現されていた。


 佐和子は息をするのも忘れ、マイケルの演技に吸い込まれていく。


 鼓動音がベース音に切り替わり、電子楽器音がリズミカルに組み合わさったテクノミュージックへと変化すると同時、背景には蜘蛛の巣に覆われた薄暗い城の映像が映し出されていた。


 首の後ろに隠していたらしきマントを片手で広げると、優雅に舞台上を舞い始める。すると背景に、騎士風の男が映し出された。


「吸血鬼を倒しにきた、騎士……なのかな?」


 マイケルは映像の騎士の動きに合わせて、優雅に踊りながら剣による攻撃を交わしていく。音楽と映像の動くタイミングを完全に把握しているからこその芸当だ。

 そのうち騎士の人数が増え、より動きが複雑になっていく。


 ストーリー性のあるマイケルのダンスは、他の報道陣をも引き込んでいた。突然現れた前座のダンサーに誰もが圧倒される中、一人のあやかしがつぶやく。


「あれ、ブラッティ・ムーンじゃないか? ほら、最近急速にあやチューブで人気が出始めてる、アマチュアダンサーの」


 ブラッティ・ムーン、という言葉が頭の中で引っかかった。

 そういえばサトコンの一次通過者の話をマイケルとしていた時、佐和子がたまたまおすすめに上がってきたブラッティ・ムーンの動画を開こうとして、マイケルが止めたのだ。


 その後仕事のバタバタですっかりブラッティ・ムーンのダンス動画を見る機会は失ってしまっていたが。


「マイケルさんが、ブラッティ・ムーンだった……?」


 永徳がマイケルを本会場に連れて行きたがった理由が、ようやく腑に落ちた。

 あの人はいったい、どこまで広い視野を持っているのだろうか。


 ◇◇◇


「そこをなんとか。どうにかなりませんでしょうか」


 少し頭頂が禿げ始めている頭を女狐たちに向けて下げる白樺を前に、皮のソファーにふんぞり返った女狐二人は目も合わせずに苛立ちを孕んだため息をつく。


「いやだって言ってるでしょ! それにねえ、私は行かないって言ったの! それなのにマネージャーが無理やり火車に押し込んで。四人でなんか絶対踊らないから」


 髪を赤く染めたショートヘアーの女狐が鼻を鳴らす。OKITSUNEのリーダーである彼女は会場に有無を言わさず連れてこられたことに相当ご立腹の様子である。


「私も朧と同意見よぅ。頭の悪い女狐たちと一緒にステージに立つなんていやだわぁ」


 黄色のロングヘヤーを指先でくるくると絡ませながら、もう一人の女狐がおちょくるように笑う。


「「夜霧も夕霧もイヤ。日本なんていう狭い世界から飛び出して、LAとかを拠点にもっと国際的に活躍したいのに。国内で満足しちゃってる小心者の朧と月見となんて、もう絶対、二度と踊らない!」」


 青いボブカットが印象的な双子の女狐は、ドレッサーの椅子に腰掛けて両腕を組んでいる。


 白樺は彼女たちの心が読めることもあって、出演の可能性が絶望的であることは理解していたが、どうしても諦めきれずに説得を続けていた。しかしもはや事務所側もお手上げ状態で、示談金の話を持ちかけられている状況だった。


「仕方がありませんね……」


 今にも泣きそうな声で、諦めるように白樺がそう言ったとき。


「ちょっとお邪魔するよ」


 涼やかな男の声が、楽屋入り口から聞こえ、全員がそちらに注目した。


「笹野屋永徳殿……」


 白樺の言葉に、女狐たちが反応する。


「えっ、やば。笹野屋永徳って言ったら、山本五郎左衛門の息子でしょ? つか、あんなイケメンだったの?」


 朧が髪と同じ赤色の大きな瞳を丸くして、上から下まで突然現れた和服の美丈夫を凝視する。


「わ、ちょっと好みかもぉ」


 月見はホワホワとした調子でそう言いつつ、頬に手を添える。


「「かっこよくない?」」


 双子は頬を染め、そう囁き合った。


 女狐たちの反応は流しつつ、永徳はすっかり萎んだサトリの頭領に話しかける。


「やあ白樺、なんだか大変な様子だね。暗い話もなんだし、ちょっとステージの映像でも見てみないかい?」


「いえ、今、ステージ上は……」


「本来は開会時間を遅らせるべき状況だろうね。サトリたちも白樺からそう言われてるって言ってたけれど。ちょっといい人材がいたものでね。勝手に始めさせてもらった」


 永徳の言葉に、白樺は驚愕の表情を浮かべる。


「勝手にって……ど、どういうことですか?」


 永徳はにっこり微笑むと、楽屋内に設置されたディスプレイの電源をつけ、音量を上げた。

 ステージ上ではオープニングムービーが終わり、照明が一人のあやかしをとらえたところだった。


「は? 何あれ。私たちの代わりにその辺のスタッフでも出したわけ?」


「まあ、これはもう、終わりねぇ」


「「サトコンはザココンって噂が立っちゃうんじゃない?」」


 自分たちのせいで進行が遅れているにも関わらず、ひどいいいようだ。

 微かに怒りを感じつつも、永徳は変わらぬ笑顔で彼女たちに語りかける。


「まあいいから。見ていておくれよ。なかなか上手なんだよ、彼。今OKITSUNEのシンデレラストーリーにつぐ伝説を生むかもしれない存在として、一部では注目を集め始めているあやチューバー。ブラッティ・ムーン、って聞いたことないかい?」


 ブラッティ・ムーンという言葉を聞いて、四人は思わず目を見合わせる。


「聞いたこと、あるにはあるわ。動画も見たことあるけど、まだまだアマチュアだし……」


 朧がそう言い切る前に、夕霧と夜霧が椅子から離れ、画面に吸い寄せられるようにやってくる。


「「わあ、見て。あの演出、すごい。お話に合わせて、背景の映像が進んでいくみたい」」


「あら、よく見たら。映像に出てくる登場人物。全部あのダンサーの子が演じてるわねぇ。事前に映像を撮っておいて、合成したのねぇ」


 初めは斜に構えて映像を見ていたOKITSUNEのメンバーたちだが。

 次第にその目は真剣味を帯びていく。


「……まだまだ荒削りだわ。……でも全力でやってるのが伝わる。私たちも、こうやって工夫しながら、四人で意見をぶつけ合って、いいもの作ろうって頑張ってたわね」


「「よく喧嘩もしたねえ」」


「次は何をして視聴者を驚かせようって、楽しみながらやっていたわねぇ。それで閲覧数が伸びた時は、手を取って喜び合ったりしてねぇ」


 画面の中のマイケルは、いつもの控えめな彼の様子とは異なり、のびのびと演技をしている。自分の好きなことに全力投球している彼はとても楽しそうで。編集部でも見たことのない表情を見せていた。


「彼、とってもイキイキしてるわぁ」


「「夜霧も夕霧も踊りたくなっちゃう」」


 月見と夕霧、夜霧の三人の目が、リーダーである朧に集まる。


「ああっ、もう! わかったわよ。今はとりあえず停戦。笹野屋永徳さん、あなたには負けたわよ」


 朧は大きく息を吐くと、メンバーに向けて拳を出す。すると残りの三人も、朧の拳に合わせるように自分の拳を突き出した。


「いい? あんたたち。解散だとかそういうのは置いといて、今は純粋にダンスを楽しむためにステージに立ちましょ」


 もふもふとした純白の毛に覆われた尻尾を振りながら、OKITSUNEたちが急いで支度に入る。永徳は満足げに口角を上げると、楽屋をあとにした。

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