第47話 順調な滑り出し

 笹野屋邸に続く坂道。薄紫色の反物を広げたような紫陽花の群れが通りを飾っていた。


 オンラインダンスコンテスト開催のニュースが、あやかし瓦版のトップを飾った日。短時間にたくさんのアクセスがあったため、あやかし瓦版のサーバーが落ちかけるという事件があった。今回のコンテスト開催の一報については、あやかし瓦版の独占という形になったためだ。


 その後白樺から送られて来た掲載への謝意を伝えるメールには、順調に応募者の数は伸び、最終選考となるライブステージの事前視聴登録枠は一瞬で埋まったらしい。OKITSUNE効果と、オンラインでは心を読まれる心配がないということが理解されたことが大きかったとの見立てだ。


 編集室について早々、佐和子はサトリの里主催オンラインダンスコンテスト、略してサトコンの特設ページをパソコンで開く。今朝4時に一次選考の通過者が一覧で報道機関宛に来ていたので、明日の情報解禁時刻までに記事を書くため、あやチューブで通過者のダンス動画をチェックするのだ。


「おお……なかなかレベルが高いなぁ」


 一次選考の通過チームは8組。この次は特設ページ内で各通過チームの動画が公開され、視聴者によるオンライン投票が実施される。視聴者の支持を集めた上位4組が、晴れて最終舞台への挑戦権を手に入れることができるのだ。


「なかなか個性的で面白いですよね。みんな自分のあやかしとしての特性を理解して演出している感じがします」


 そう声をかけてきたのはマイケルだ。


「本当ですねえ。この、出たり消えたり点灯して見えるのは妖術ですか」


「ええ、そうです。ああ、あと一覧にあるチームの中では、このチームが空を飛ぶ演出を取り入れているので、絵的に面白いですよ」


 カチカチとマウスを操作し、マイケルは別の通過者の動画を表示させる。


「うわ、ほんとだ。マイケルさん、もしかしてダンス動画詳しいんですか?」


「あはは、まあ。こういうの好きなので」


「おや、二人仲良く動画視聴かい?」


 永徳があくびをしながら編集室に入ってくる。いつもはもう少し遅いのだが、サトコンの件があるので早めにやってきたのかもしれない。


「通過者の動画を見てるところです。記事の初稿ができたらお送りしますので、予定通りご確認お願いします」


「うん、頼むよ」


 佐和子は永徳から画面に視線を戻し、マイケルと一緒に他のチームの動画もチェックしていく。そのうち、あやチューブのおすすめ動画欄に、『ブラッディ・ムーン』という配信者の動画が出てきた。今回の通過者の中にはいなかったが、チャンネル登録者数も多く、表示されている動画の再生数も桁違いだ。


「この配信者のダンス動画も面白そうですね」


 動画をクリックしようとマウスに手を置こうとすれば、突然マイケルが佐和子の手を掴む。


「えっ」


「あ、すみません! でも、その動画はあまり良くないです。ダンス技術も未熟だし、見る価値ないです」


 パッと佐和子の手を離したマイケルは、隠し事が見つかった子どものように早口でそう言う。


「でも、再生数は段違いですし」


「いえいえ、数字が全てではないですよ、葵さん。あ、プレスリリースが溜まってますね! 仕分けしないと!」


 突然話題を切り替えたマイケルは、自分の持ち場に戻っていく。


「なんか、今日のマイケルさん変だなあ……」


 マイケルの後ろ姿を見つめつつも。佐和子は記事の執筆に取り掛かった。



 二人が仕事に集中し始めた頃。永徳はスマートフォンで芸能系ゴシップ誌の記事を読んでいた。


「……おやおや、これはちょっと不穏だねえ……」


 そう呟く編集長の声は、賑わい始めた編集部の雑音に消えた。

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