7、開眼、灰原、海淵
最初に引き金を引いたのは、目が覚めて一年経った頃だった。
どこかの国の一面灰の様な雪が覆う森の中。
どんなに冷えてもかじかむことのない左腕で、それを引く。
火花、爆発音、衝撃。
月の光を照り返す雪明かりを頼りに、微かに見える人影が頭をかち割られ血液が飛び散ると共に眼球が宙を舞って地面に落ちるのを目で追っていた。他にも色々バラまかれていたはずだけど、それだけが、やたらに印象的で記憶に焼き付いていた。
膝を抱えうずくまり、廻らない血流を濾過出来ず、発露できぬ感情ばかりが脳を埋めつくす。
吐き出す声さえどこか他人の様で、ただ網膜に灼かれた事実は、確かに自分のものだった。
想像が、残された脳を掻き回す。
お前が殺した彼はどんな人生を送っていたのだろう。お前が殺した彼はどんな罪で裁かれねばならなかったのだろう。そもそも彼は誰だ? 死を望まれる罪ってなんだ? 誰が彼の死を望んだ? 撃つことを拒否できたんじゃないか? 裁かれたのだとしたら、果たして自分が処刑人である意味とは? 天秤にかけたのは彼の命と自分の命じゃないのか? そもそも自分の命なんてもうないのに、それに縋って生きている人間を手にかけた。
無駄に蓄えた知識が、糾弾する。
救済されたお前が人の命を奪うのか? その銃を抗うためにも用いられたんじゃないか? 義理を果たす意味などあったか? 彼にも大切に思う人がいただろうに? お前が命を諦めれば、お前があの時死んでいれば、お前があの指輪を受け取っていなければ、もしかしたら、彼は今頃、家族と変わらない日常を送っていただろう。罪を冒したのであれば正当な手順で社会に裁かれていただろう。
お前が、あのまま沈んでいれば悲劇は起きなかった。
知ってる。
陳腐なまでの後悔と非難で、人並に傷つけてしまう滑稽な命が、取り溢されていればと思う。
あるいは、これは自分が深い深い、誰も知らない静かで穏やかな水底で、ただ一人、落ちた夢の中の出来事であればと、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も……そんなことを三千回以上思いながら、ギターケースを抱いて夢のない眠りにつく。
ここは、救済の声も
ここで、三千の夜を超えて、燦然と輝く街を見下ろして、針金の指輪から聞こえる残響を抱きしめる。
釣り上げてくれ、貴方達のその手で、そこが、呼吸が出来ない宙の中でも構わない。
僕は悪党、キミたちは正義の味方。
投げ捨てられたあの日の僕が、キミたちが抱える遺影を、破り捨ててあげる。
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