5、届かぬ星を、届かぬ星に
「ん」
「ありがと」
葵が買ってきた缶コーヒーを受けとりながらも、詩音は上の空だ。
日が落ち、街の輝きが増す中。二人は本部に帰るわけでもなく、ただ池袋の街で立ち尽くしていた。
「……どうするの」
缶コーヒーに口を付けた後、詩音が口を開く。
「何が」
「アリス……あの子は、夢芽の記憶を持っている。本物の夢芽」
「……そうだな」
「アタシらがへばってる間に、ユメはあの子に出会ってた。室長がアタシらを捜査から外そうとした理由は多分これ」
「お前はどうしたいんだ?」
「……わからない」
二人とも、まだ、整理がついていない。
死んだと思っていた幼馴染が生きていた。
そして、居場所を失ったアリスは、社会に仇なしながら、今日この日までを過ごしていたのだ。
そんなこと想像したこともなかった。
「あの子がユメを殺そうとしてる。それは止めたい。あの子が人を殺すことでしか生きられないなら、それも止めたい。だけど……」
項垂れる。
「そうなった原因はアタシにあるんじゃないかって」
「なんでそうなる?」
「アンタに契約を持ち出したのは、アタシ」
それは、病室で交わした、詩音と葵の契約。
契約の内容は三つ。
『ユメを香澄夢芽と同じように接すること』
『ユメに真実を悟られないようにすること』
『この先の人生、何があろうとユメを守ること』
ユメの記憶は客観的な映像記録だけで補完しきれはしなかった。だから、二人の身近な人物から記憶の根幹を託された。
二人はユメが香澄夢芽としての人格を獲得するのに協力した。
それは、本来の記憶を持つ頭部の発見を諦めた、とも受け取れるかもしれない。
「俺もそれを受け入れた」
「だけど! アタシがあの話を持ち出さなければ、葵は最後まで待ち続けたんでしょ?」
「それは……」
葵は、きっと待ち続けたかったはずだ。どれだけの時間でも待ち続けた。彼が望んだのは指輪を渡した夢芽で、代わりのユメじゃない。
それを諦めたのは、彼ほどに彼女は強くなかったから。
「夢芽の代わりを求めたのはアタシ。その決断が一人じゃ付けられないから、アンタを巻き込んだ」
小さな子供が現実から目を反らすための、共犯の密約。
「アタシがあの子の居場所を奪った」
「俺より頭いいくせに、馬鹿なこと言ってんじゃねぇよ」
葵は詩音を見ない。
きっと見られたくないだろうから。
「確かに言い出したのはお前だ。だがな、選択したのは俺だ。その結果を俺も受け入れる覚悟くらいある」
その罪の半分を背負った。それを今更、一度齧った果実を、吐き出すような真似を葵はしない。
「罰は一緒に受ける」
「うん……」
二人の囚人は、別々の房に入っている。
それでも、壁越しに伝え合う。互いの存在を。
「まだ答えてなかったな。俺がどうしたいのか」
自分の分のコーヒーを飲み干し、葵は続ける。
「逃げたくない。アリスからも、ユメからも」
「そっか……」
流れるはずがない、流れても叶えられないと、いつからか記憶の中の空を映す手作りのプラネタリウムに閉じこもった囚人は、空に手を伸ばし続ければ、願いを叶える星が流れてくれると信じている子供のように望遠鏡を覗き込む囚人を羨む。
無理やり隣の席に押し込んだ彼が今、流れ星に託すのではなく、捕まえようと宙に飛ぼうとしている。
「アタシばっかり決めちゃってごめん、今度はアンタのやりたいことに付き合ってあ
げる」
「二人で決めたんだ、付き合うもくそもあるかよ」
二人は席を立つ。好き勝手に配置したプラネタリウムが映す星の位置を、プラネタリウムに覆われて見えなかった宙を確かめに。
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