4、追跡の游星、迎撃の流星
上空に投げられたユメは、落下の中で状況把握を優先する。
突如として飛来した……船のような物体にプラネットが吹き飛ばされ、その後に自分にも体当たりしてきたといったところだろうか。
ハヤブサのごとく落下しながら加速してきたから、相当な運動エネルギーで体当たりをしてきたのは分かるが、船の方には僅かな凹みも見つからなかった。かなりの耐久性があると見ていい。
問題は次だ、落下による加速もなしに爆発じみたロケットスタート。まるで対応出来なかった。
なんとか右腕の義手で防げたから良かったものの、直撃していたらと思うと、ゾッとする。
「そうだ! プラネット⁉」
吹き飛ばされたプラネットを探す。プラネットが心配というより、落下した先の被害の方が心配だ。
プラネットは……ユメと同じように空中に投げ出され徐々に高度を落としている。だが、ユメより遥かに重いはずのプラネットが同じ高度付近に打ち上がって、ゆっくり落下しているのはおかしい。
「アイツ……!」
よく見ると、プラネットは機能が停止しているのか、だらんとした恰好で、例の船に吊り下げられながらどこかに連れていかれているようだ。
「まだそこまで離れてない、なら……」
ユメは落下しながら右腕を構える。
「そんな使ったことないけど……! スパイダーアンカー!」
その声に呼応し、右腕が動く。
もはや名前から察しはついているだろう。右腕に備えられた吸気口に空気が押し込まれ、その圧力でワイヤーに繋がれた右手が勢いよく射出される。
「掴んだ!」
射出された右手はプラネットの肩部分を掴む。それを確認したところでワイヤーをモーターで巻き取り、プラネットと船の元にたどり着く。
「人間一人とプラネットを抱えて、ある程度の浮力を維持してるって、どんな馬力してるのこれ……」
疑問は尽きないが、こんな上空では自らの意思で行動も出来ない。
見慣れた新宿の街を見下ろしていると、早稲田大学の校舎が見えた。元々の位置から察するに北西、池袋方面へと向かっているようだ。
流石にプラネットを抱えているからか、はたまた、ロケットスタートをしたからか定かではないが、船の速度は遊覧船程度くらいに落ち着いている。
「これ、どこに向かってるんだ?」
船に身を任せて、十分ほどだろうか、ようやく目的地らしき場所が見える。
「サンシャイン? 池袋……」
それは地上60階建て、高さ226.3mの都内一の高さを誇る高層ビルだ。だが、問題はそこじゃない。
先ほどまでいた新宿弁天町からこのサンシャインまでは短く見積もっても3kmは離れている。
ここにいるのはおそらく、この船の持ち主。
そう呼ばれていた、今回の事件の実行犯と思しき存在。
遠隔でこの船を操作していたのなら、ユメが乗ってることも把握しているはずだが、ただ大人しくここまで連れてきた。
「目的が分からない」
直線距離3㎞の精密狙撃を可能にするほど相手が、ここまでの接近を許してどういった腹心算なのか、と思っていると。サンシャインの屋上展望台にたどり着いてしまった。
船は降りろと言わんばかりにプラネットを接地させて静止するので、ユメは展望台に飛び降りる。
「プラネットは、動かないな」
地味に新宿署から離れた屋内に動かないプラネットを連れてこられてしまった。これが目的なら、地味な嫌がらせだ。狙撃手の性格の悪さが伺える。
「……?」
プラネットとユメを下ろしたあと、船はついてこいと言っているように、人間の歩行速度に合わせて移動を始める。
手がかりもないユメはプラネットをその場に残し、それに付いていく。
「……」
ただただ黙って、ついていく。船との会話もなにもあったものではないし。
時間が時間なだけあって人気のない屋上を歩いていくと、柵を取っ払ったエリアにやってきた。たしかアトラクション用のスペースだっただろうか。
そこに、眼下に広がる夜景の光を微かに受ける人影を見つける。傍らにそいつの身の丈ほどの大きな銃が置いてある。
その人影は怖がる様子もなく縁に腰掛けて足をパタつかせていた。
「僕の『流星』の乗り心地はどうだった?」
声からは若いと言うことしかわからない。ユメの肉体と同じくらいに思える。
「流星……?」
「こいつのことだよ」
そう言って、自分の傍らに大人しく停まっている船を撫でる。ユメとプラネットを乗せてきたそれが『流星』と名付けられているらしい。
「キミが、
「そうだよ、中々キミも逃げるのが上手いから、大変だったよ」
「遊んでたくせに……」
「いやいや、本当に上手いって思ってるよ。だからこそ動きが読みやすかった……まるで機械みたいだ」
小さく狙撃手は笑う。
「御託はいい。聞きたいことは一つ、国会議員、坂本猛狙撃事件の犯人は――」
「うん僕だよ」
さも当然のように、少年は応える。
「丁度、ここから、この子で撃ったんだ」
狙撃銃を撫でる。
あの狙撃の腕だ。おそらく事実だろう。
「あなたを、銃刀法違反の容疑で現行犯逮捕します。殺人の容疑についても署で聞かせてもらいます」
「断ったら深海と同じだろ? もうちょっと話をしようよ。『香澄夢芽』」
狙撃手は立ち上がり、不安定な足場を楽しむように、クルっと回る。
武器に触れるそぶりすら見せない。
その全身は小柄で、言葉通りに身の丈に合わない真っ黒なモッズコートに真っ黒なスラックス。口元を黒いマスクと季節外れのネックウォーマーで隠し、黒いキャップで髪すらも隠している。
肌が出ているのは目元だけ。
「問答する気はないよ――」
「だったら、さっきの深海にやったみたいに無視して襲ってくればいいのに。聞きたいことくらいあるでしょ? 考えないようにしてるみたいだけど……いや、考えるなんてこともないのかな?」
例えば、と続け。流星を指さす。
「あの流星のこととか。キミはこれが旧型の補助ユニットじゃないってことは分かってるはずだよね。だけど、気にしてない風を装ってる。気にしないようにしてる? いやいや、気にも留めてないのかな?」
狙撃手の言葉が、無性に腹が立つ。
「結局何と答えても、自分が正解になるように言ってるね。そんなに自分を強く見せたいの?」
「そりゃ気にしてない。なんて言ったらダウトって言うよ。だって――この世に一つしかないはずの最新型ユニットが、もう一つあるかもしれない可能性なんてあったら、気が気じゃないはずだ」
ユメは黙ってる。
「キミはあの日から、特例の指環持ちとして、大事に大事に扱われてきた……最新ユニットの実験の被検体にも選ばれた。さぞ、肩身が広かっただろうね」
……ユメは黙っている。
「普通なら、未来への希望を引き連れて奇跡の生還、なんて偉業を成し遂げた日には、色んな感情でいっぱいになるはずだ」
黙っているユメに近づいて、狙撃手は言う。
「なのに、なんでキミはそんな当たり前みたいな顔してるの?」
「表情が動かないだけ」
「じゃあ……どう感じた?」
「…………」
「簡単な話じゃん。嬉しかった。不安だった。重圧に感じた。頑張ろうと思った。誇らしく思った。鬱陶しく感じた。優越感を感じた。自分には分不相応だと感じた……小学生でもとりあえず何か言葉にできる感情が芽生えるはずだ……なのに。キミはそんな小さな感情すらも言葉にできない」
ユメの目を覗き込むその目は、深く深く、海溝よりもさらに深い光が届かない水底のような
「気色悪いくらい、空っぽだよ……キミは」
無性に腹が立つのに……なぜか、言い返せない。
狙撃手の言葉は、自分の脳を解体して覗いたかのように、気にしないようにしていた部分を突き刺してくる。
「キミは……誰なの……」
だから脈絡もなく、そんなことを聞いてしまう。
目元の変化で、狙撃手が微笑んだのが分かる。
「確かに、自己紹介がまだだったね」
脱がれた帽子、目に飛び込む、鏡に灰を塗したような銀。それに一本の平筆で引いたような紫。
顔の半分以上を覆っていたマスクとネックウォーマを投げ捨てると、そこにあったのは病的な、いや、死人のように白んだ肌。
「初めまして、僕の名前は――僕の名前も香澄夢芽。今はアリスって名乗ってる。よろしくね――僕の偽物」
記憶の中にしかない笑顔を見せるそれは、自分と同じ顔をしていた。
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