4.冒険者ギルド

 森で兎の通り道を探し兎罠を仕掛けたが、こいつはすぐに獲物がかかるようなものではない。

 なので明日また様子を見に来るとして、今日はもう一度魚を捕まえて売ることにした。

 幸いにもここの川は非常に魚影が濃い。

 今度は先ほどの倍の40ほどを捕まえることができた。

 蔓で編んだ目の粗い籠に入れて街に持って行く。

 前と同じところに持ち込んでもまた足元を見られるだけなのであの露店の女店主に教えられた干物屋に持ち込む。

 干物屋の店主は子供好きの翁でワシのような孤児であろうと快く買い取ってくれた。

 頑張って生きよと幾ばくか高く見積もってくれたくらいだ。

 銭を入れる小さな巾着までつけてくれた。

 よき爺さんだの。

 業突く張りの親父とは大違いだ。

 爺さんがくれた魚の代金は銅銭10枚だ。

 爺さんの慈悲も入っておるだろうが、4匹で銅銭1枚の価値というのは露店の女店主に教えられた魚の値段とそれほど相違はない。

 業突く張り親父はそれを20匹で1枚で仕入れられたのだから今頃ほくそ笑んでおるだろうな。

 今に上客を逃したと悔しがらせてやるわい。

 ワシは干物屋の翁に深く礼を言い、次の目的地に向かった。

 次に向かうのは冒険者ギルドと呼ばれる組織の事務所だ。

 ギルドというのはこの国の言葉で組合を意味しており、要するに冒険者の組合だ。

 冒険者というのはここいらでは一般的な仕事のようで、その名のとおりどこへでも出かけて行って冒険して帰ってくる連中のことらしい。

 冒険して銭になるのかといえば、なる。

 珍しい食い物や薬の材料、武具の素材など冒険者は金になるものを熟知しており、そういったものを手に入れて帰ってくるのだ。

 狩人の組合も兼ねており森で狩った獲物や採取した薬草の買い取りもしておるというので、ワシもその組合に加盟しておいて損はないだろう。

 冒険者の間口は広く、ワシのような孤児でも登録料の銅銭5枚さえあれば登録することが可能だという。

 今のワシに銅銭5枚は全財産の半分だが、それを払えば獲物を適正価格で買ってもらうことができるならばその程度は安いものだ。

 兎が売れればすぐに取り戻せる。

 いかんな、こういうのを捕らぬ狸の皮算用というのだ。

 まあ兎がかからんかったとしてもまた魚を売ればいつか塩を買うこともできる。

 気楽にいくかの。

 冒険者ギルドの事務所は大路に面した一等地にそびえたっておった。

 ずいぶんと大きな建物だ。

 三階建てくらいの楼閣になっておる。

 さすがにこれほどの大きな建物は石だけでは建てられんかったのか、木と石を組み合わせた構造だ。

 日ノ本の建物とは大きく違うが、これはこれで美しい造形だの。

 観音堂のように両側に開く扉をくぐり事務所の中に足を踏み入れると、途端に喧騒と酒の匂いが飛び込んできた。

 どうやら1階の半分ほどが酒を飲ませる店になっておるようだ。

 冒険者と思しき者たちが昼間から陽気に酒を楽しんでおる。

 この雑多な雰囲気はよいな。

 戦の後の宴の空気に似ておるのかもしれん。

 ワシは楽しげな酒場を横目に、もう半分を占めておる組合事務所のほうへと向かう。

 今のワシは子供だし、酒を飲む銭などないからの。

 

「おいおい、ハーフエルフのガキがこんなところになんの用だ?お前みたいに薄汚い乞食のハーフエルフにギルドの登録料が払えるとは思えんしな」


 事務所に向かうワシの前に、6尺(約180センチ)はゆうにあるだろう大男が立ちふさがる。

 なにやらわめいておるが、これはワシのことを蔑んでおるのだろうか。

 知らん単語があってよくわからん。

 はーふえるふ?なんぞ、それは。

 小汚い乞食と馬鹿にされるのはわかるが、ワシの知らん蔑称を使われると何を言っておるのかわからんぞ。

 

「すまんが、ワシにはお主が何を言っておるのかよくわからん。だがここには登録に来た。登録料ももちろん払える」


「はっ、歳寄りみたいな話し方しやがって。お前みたいな乞食が金を持っているわけがないだろうが。スリか、置き引きか。今なら盗んだ金全部置いていけば官憲に突き出すのは許してやるぜ」


「本当にお主は何を言っておるのだ。ワシは盗みなどは働いておらぬ。金は魚を捕まえて売った金だ。お主に取り上げられるいわれはない」


「うるせぇ!黙って置いていけばいいんだよ!!」


 男はワシの胸倉を掴んで銭が入っておる巾着を取り上げようとするが、ここまでやられてワシも黙っておれん。

 ワシは男の手のひらを両手で掴むと思いきり外側に捩じった。

 こうすると胸倉を掴んでおる男は腕の構造上真っすぐ前を向いておれんようになるのだ。

 

「いでででっ、この野郎なにしやがる!!放せ!!」


 床に膝を付いた男は力づくでワシの手を振り払い、立ち上がった。

 力が拮抗しておればこのまま押さえ込めたのだが、腕力ではあちらが圧倒的に勝っておるので仕方あるまい。

 

「ぷはははっ、マックスのやつガキに膝を付かされてやがる」


「それもハーフエルフの乞食にな」


「「「だはははははっ」」」


 酒を飲んで陽気に酔っぱらっておればよいものを、人の失敗を笑うとはこやつら少し陰気だの。

 まあ人の失敗がいい酒の肴になるのもわからなくはないが。

 だが笑われて恥をかいた男は顔を真っ赤にして怒っておる。

 子供に絡んで金品を巻き上げようとする男に同情する余地はないが、ワシだったらとうの昔に腹を切っておるな。

 

「こ、こここ、この野郎、殺してやる。殺してやるぞ!!ごらぁぁぁぁっ」


 男は腰にぶら下げていた武器を抜く。

 反りの無い真っすぐな剣だ。

 子供に恥をかかされて武器を抜くとは、田舎の地侍なみに自尊心の高いやつだの。

 武器を抜くということの意味が分かっておるのだろうか。

 そいつを抜くってことは、負けられないってことだぞ。

 ワシは腰の棒切れを抜き、正眼に構えた。


「いざ尋常に、勝負といくかの」


 武器を抜けばもはや誰も人間ではおれん。

 誰もが一匹の獣よ。

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