マッドサイエンティストのぼくはハーレム・セックスで再生可能エネルギーを循環させている。

与田國明彦

第1話 セックス・エネルギー実習

下北沢駅周辺にある薄寂れたホテルの196号室、実習はそこで行われる予定であった。


「すみません・・・。やっぱ、わたし知らない人に体見られたくない・・・。」


行為直前に、阿形奏恵という女子大生はそう私に告げた。ゴムを持つ手が微かに震え、大きな瞳が涙で潤んでいた。

決して派手でない下着姿の彼女からは行為への積極的でないことが嫌にでもわかるほどであった。


「・・・少し話そうか。」


そう言って、私は阿形につけ置きの毛布を渡し、自分もワイシャツを羽織り直した。そして矢継ぎ早にマイルドセブンを取り出して吸った。

その間、二人の間には気まずい沈黙が流れていた。空調が煙を排出するために耳障りな機械音を立てる。それが196号室にある唯一の音だった。

気まずい雰囲気が嫌で、阿形は語り出す。


「あの、その、別に高崎さんにされるのがダメなんじゃなくて、私が勝手に、その・・・」


「怖いんだ。知らない奴に自分の身体を弄り回されるのが。」


図星を突かれたように、阿形は口を紡ぐ。だが、自分のペースは譲りたくないのか、はたまた私が無理矢理組み伏せてでもシようとしていると思っているのか、阿形は続ける。


「そ、それもありますが、なんか、その、私、するの初めてで。こういうの、愛し合ってるカップルがするものじゃないですか。いくら政府とか大学からの要請でも、こんな・・・。」


「少し、ぼくの話を聞かないか?一旦落ち着こうよ。」


「う・・・。」


彼女は押し黙る。だが、黒縁の眼鏡から覗く眼差しは懐疑的でまるでマルチ勧誘をされているときのように、心はまったく開いていない。


「君はC大の3年生で、理工学部だよね?で、大学の課題演習で〈セックス・エネルギー実習〉を選択したわけだ。それで、実習レポートを書くためにぼくは呼ばれた。」


過程を説明すると、彼女は弱みを握られたように俯いた。


「ぼくはC大からちゃんと給金をもらってそういうコトをしてくれって言われている立場なのは分かってるよね?」


「は、はい。で、でも実習っていってもこんな直接的なものじゃなくて、ほんとうの課題の内容は『哺乳類の生殖行動から生み出されるエネルギーを効率的に処理し、再生可能エネルギーとしてより実用的な利用法を考案する』というものだったんです!なのに、急に自分の身体を使ってエネルギーを作れなんて言われたら、それは嫌ですよ・・・。」


「別に大学は相手を指定してるわけじゃない。恋人だって良かったんだ。だけど君はぼくを選んだ。指名リストの中から相手としてぼくをね。顔写真、身長、モノの大きさ、経験人数だって見ただろう?」


「・・・仕方なく選んだんです。他の人はなんかわたしとは真逆のタイプで怖かったから・・・。」


どうやらだいぶ頭が硬い。少し話しただけだが、かなり性の方面に明るくないことが分かってしまった。

こうなると話はややこしくなる。するしないで恐らく時間は過ぎていき、終電が来ればそれでおさらば。彼女はレポートを提出できないがこういう真面目タイプは他の課題はやっているだろう。たいした痛手じゃない。

だが、私は彼女のレポートが提出されなければ評価は無論落ちる。C大からも縁を切られるだろう。


少しの静寂が部屋を包んだ。私は説得の方法を捻り出すため、二本目の煙草を吸った。阿形は気まずそうに私と自分の爪を交互に見ていた。

煙草が半分もいかないうちに、事態は急変する。


「わたし、帰ります。」


阿形は唐突に言って、荷物をまとめ出した。私はそれを止めずに煙草から出る煙を見つめていた。煙はすぐに換気扇に吸い込まれ、排出される。また吐けば、吸い込まれる。その循環はある種自分の仕事、彼女のレポート内容に似ている。


「高崎さん、ごめんなさい。わたし、大学には高崎さんの評価を下げないよう言います。それでは。」


阿形はそう言うと、一礼して部屋を出て行こうとした。私はそれを引き止めなければならない。彼女がいくら優秀な生徒であっても、私とC大の関係を取り持つ権威はないからである。

だが、この小娘に頭は下げない。頭の良い人間に懇願は逆効果だ。C大は偏差値60後半で倍率もそれなりに高い。どうやら、搦手でいくしかないらしい。


「エジソン、トーマス・エジソン。C大には彼と同じ偉大な科学者がいる。」


「・・・?」


「すっとぼけないでくれよ。君が慕ってるであろう、雪澤教授だよ。」


阿形は足を射抜かれたかのように右膝を落とす。表情は驚愕と困惑、羞恥の情が映っているのが見て明らかだ。機会はここだ。


「セックス・エネルギーの第一人者。数年前、再生可能エネルギーに変革を齎した異端児。彼の論文は各国で話題の的だ。いい意味でも、悪い意味でもね。」


「だから、なんだって言うんですか。」


「君、雪澤さんと付き合いたいんでしょ。なんかカリスマもあるし優しそうだしね。」


「・・・!」


「図星かな?じゃあなおさらこのレポートは落とせない。この実習は君が思ってる何倍も雪澤さんにとって価値が高い。特にまだ経験のない女性、そして20代前半はね。セックス・エネルギーが主に生み出されるのは風俗なんだよ、座学でそう教えられたはずだ。」


「確かにそうです。でも、わたしじゃなくてそういう人たちがやってくれれば・・・。」


「君が風俗に勤めていたとして、今まで相手にされてこなかった、馬鹿にされ蔑まれてきた高学歴の学者に、やすやす自分の身体を使ったデータを用いらせるかい?それに願客のプライバシーも侵害する。これは大学という研究機関だから出来ることでもあるんだ。あまり言いたかないが、一般人目線からしたらあまりに未知すぎるものだからね。」


続けて、阿形の恋心に付け込む。


「ぼくは雪澤の同級でね。彼の好みも分かるんだ。付き合っていた彼女の容貌や性格もね。彼、自分のこと語らないでしょ。結構貴重な情報だと思うんだけど・・・。」


「・・・痛く、しないでくださいね。」


「ああ。君が習った座学通り、シようか。」


私は煙草を灰皿に擦り付けた。二酸化炭素は周囲にビターな匂いを蔓延させる。

どうやら阿形は煙草の匂いが嫌いなようで、またシャワーを浴び直すことにしたようだ。さて、その間に彼女の資料でも見ることにしようか。

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