第26話 なにかが足りない

「1プリ2プリプリズンナーイト♪ 3プリ4プリプリリリズムズム♪ 明日のバンズは消さないでー♪ そしたら叶うさ骨肉グイグイソーセージー♪」


 その日の夜、俺はご機嫌な鼻歌(『CR恋のプリズン♡僕らのへっぽこ狂想曲』というパチンコ台で流れる曲)を口ずさみながらご機嫌な夕飯を作っていた。


「うーんいい匂いー」

「おうアネキ。もうメシできるぜ」

「わーい」


 軽やかな足取りで席に座るアネキ。

 酒が入ってないだけで大分やりやすい。


「ほい」

「やったー……ってえぇ!? 湊斗どーしたの今日のご飯!! こんなに豪華なんて今日なんかの記念日だって?」

「あぁ。俺にとって記念すべき日だ! じゃんじゃん食べてくれい!」

「やったー! いただきまーす! んー美味しい! って、どうしたの湊斗?」

「ん? なにが?」

「今私のことじっと見てたじゃん。あ、まさかお姉ちゃんに見とれちゃってたー?」

「え? 俺見てた?」

「うん。ばっちり見てた」


 アネキに言われて自覚する俺だが、自覚した所で理由は分からなかった。

 なんで俺、無意識にアネキを見てたんだ?


「まぁ気持ちは分かるし、可愛い弟に見られるのも悪い気持じゃないけどさー」

「俺も食べよ。いただまーす!」

「ってちょお!? ムシしないでよー!」


 ……うーんうめぇ! さすが俺!


 晴れやかな気分でメシを食べた俺。

 その後み俺は晴れやかな気分で風呂に入り、晴れやかな気分でゲームをし、晴れやかな気分でベットにダイブした。


「ふぅ! いやぁこんな良い気分で寝れるなんていつぶりだぁ俺?」


 天井を見つめながら、俺は思わず呟く。


「……」


 晴れやかだ。超晴れやかな気分だ。

 清々しい。超清々しい。


「……」


 なんだ。この感覚……。

 よく分かんねぇけど、なんか大事なモンを失ったような……。


 謎の喪失感に、俺は少し混乱する。


 一体どうしちまったんだ俺?

 星名から解放されて嬉しいのは間違いねぇ。星名があの不良共の所に行ったのもざまぁって気持ちだ。

 最後に見たあの顔で少し引っ掛かりはあったけど、それも美味いメシ食って風呂入って気持ち良くなったらどーでもよくなった。


 ーーじゃあ俺は一体……なにが不満なんだ?


 心の中でそう呟くが、当然答えは出ない。


 ただ、気付けば俺は、自分の手を開いて閉じることを繰り返していた。



 翌日、俺は元気に登校した。


「おはようみんなぁ! 良い朝だね! こんな日は屋上で日光浴でもしたいなぁ!」

「お、おう。おはよう湊斗」

「今日はやけにテンション高いな。最近は死んだ顔してるのが多かったのに」

「おはようモブA君にB君! いやぁ分かってしまうかぁ! 顔に出ちゃってるかぁ! てへっ!」

「「うっざ!?」」


 そんな感じでクラスメイトと会話しながら、俺は自分の席に着く。


 星名の方を見ると、どうやらまだ出席していないらしい。いつもは俺より早く来ているのでこれは意外だった。

 

 ま、どーでもいっか♪


「今日は真面目に授業でも受けよっかなー」

「毎回受けろこのバカ」

「ってぇ!? なにすんだよ一花……じゃねぇ先生」

「教室から可愛い生徒の不良的発言が聞こえたからな。指導だ指導」

「けっ、朝から熱心だなぁ……」

「……ん? どうしたじっと私を見て」

「え? いや、なんか……なんだろ? 昨日も無意識にアネキをジッと見てたんだよな。どーしちまったんだ俺?」

「私が知るか。ただまぁ……その目はやめておいた方がいいぞ」

「え、なんで?」


 俺がそう聞くと、一花は少しだけ顔を近付けて、周りに聞こえないくらいの声で言った。


「下心が丸見えだ」

「は、はぁ!? な、なに言ってんだよ! なワケねぇだろ!」

「無意識下の欲望が視線に表れてる。気を付けろ。女はそういうのに敏感だからな」

「……」


 俺が一花をやらしい目で見ていただと? あ、ありえねぇ。

 一花はアネキの先輩で、言っちまえば家族みたいなもんだ。けど…‥。


 ——なんだこの違和感は?


 一花が言っていることは多分事実なんだろう。けど、違う。

 俺は多分、一花を通してもっと別のなんかを見てたような……そんな気がする。それがなんなのか、分かんねぇけど……。

 でもあとちょっとで、なにか分かる気がするんだよな……。


「私は準備があるからもう行く。ちゃんと授業に励めよ」

「おう……」


 俺は流されるように返事をし、そのまま考え込む。

 

「おっす」

「ふぁ~ねむねむなんだけど」


 すると一花と入れ違いで、司と陽那が入ってきた。


「う~ん」

「どした~湊斗?」

「うおっ。ンだよ陽那、くっつくなって」

「え~いいじゃん別に。あれ? ひょっとして照れてる? 僕男だよ~? 女の子より超絶可愛いけどねぇ~」

「ちげぇよ今考えごとしてるから邪魔すんなって意味。それに、お前が男だろうが女だろうが……」


 ——……。


「そ、それだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「わあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」


 全てを理解し、立ち上がった俺。同時に背中に引っ付いていた陽那は大きな声を上げる。


「びびった~。いきなりどったの湊斗?」

「分かった。分かったんだよ!! 昨日から感じてた違和感の正体が!!」


 俺はそう言うと、司の方を向いた。


「司、手伝え」

「……一応聞くが、なにをだ?」

「星名を助ける」

「……」


 そう答えると、司は自分の顔に手を当てた。


「……一応、俺は昨日お前を助けたんだが?」

「あぁ。分かってる」

「それでも行くってか? 悪いが俺は乗らねぇよ。ヤバ過ぎる危険はごめんだからな」


 司が断んのは分かってた。けど俺には説得する材料なんてもんは無い。

 ―—だから、


「司、頼む」


 俺は頭を下げた。

 できることは、ただ真っすぐにぶつかることだけだ。


「……はぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 待っていると、司の長い溜息が聞こえてきた。


「今度焼肉おごりな」

「……おう!!」


 顔を上げた俺は、ニヤリと笑って答えた。



◇◇◇

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