近代広告概論:4
「肯定的・否定的な年齢差別『エイジズム』」と大写しになった。
「シニア割」と、高齢者のみを対象とした割引が年齢差別なのだそうだ。一見よい内容に思われるが、年齢を理由に美術館や交通機関の優遇することが「肯定的エイジズム」と呼ばれる年齢差別に当たるそうだ。似たような理由で女性のみ割引対象となる「レディース割」や「レディースデー」もある。これは性差別にあたるそうだ。
確かにシニア割やレディース割といった言葉はあまり耳にしないと幸樹は思った。
エイジズムには「否定的エイジズム」もあるようで、年齢を理由に職を退かなければいけない定年退職や、年齢を理由に自動車免許を返還しなければいけない制度などである。
今は自動運転が主流なので、高齢者の運転による交通死亡事故というものはないが、当時は高齢者の運転は危険なものだから、一定の年齢になったら免許を自主返納せよ、と言われていたようだ。
また高齢者に対して、子供に接するような態度を取ることもエイジズムであるのだそうだ。
高齢になることで、「もう自分は歳だから」と思わせ、社会参加の機会を減らそうとしていることが年齢差別なのだそうだ。
炎上広告の例では、皺があってヨボヨボのデフォルメされた高齢者のイラストとともに「六十歳以上」と書かれていたことに対して、対象の六十代の男性から「俺はこんなに老けていない! ふざけるな!」と書き込みがされたことが発端となり、SNS上で賛否両論が繰り広げられ炎上した。
「私もすでに六十を超えてるけど、毎週、唐昆を食べていても全然胃もたれしません。まあ、太ってきちゃったけどね。では今日はここまで」
教授の体格からは太っているか分からないが、その年で唐昆を毎週食べているのは、育ち盛りの男子学生と同じレベルだと素直に驚いた。しかし後になって、男子学生が育ち盛りだというのも何らかの差別に当たりそうだと思い直した。表現の仕方が難しい。
幸樹はクラブ棟に向かった。十六時の講義まで時間があるので、先週同様にポスター制作を進めることにした。
サッカークラブのコテージの階段を上り、扉横にある認証システムで鍵を開け、パブリベート空間内に入る。
中にはブライアンと
「おう、幸樹! 今日も早いな」ブライアンがソファでくつろぎながら言う。
「講義受けてた。金曜朝からつらい」
「必須なんだっけ?」
「そう。近代広告概論っていう講義」
「近広ねっ! 去年受けたなっ」
ブライアンの隣でマンガを読んでいた雨桐が会話に加わった。
「そうなんだよね。眠くなるよ」
「あの教授っ、つまらないよねっ!」
「そうそう。単調なしゃべりかたで眠くなる」
「今も講義の最後に炎上クイズはあるのっ?」
「うん、あるよ」
「なに? 炎上クイズって?」ブライアンが尋ねる。
「SNSの投稿で何が炎上したか当てるクイズッ。あれは面白かったなっ」
「同じく。講義中は寝てるけど、あの時間になると起きる」
「ねっ! 今日は何だったのっ?」
「今日はエビ、サーモン、牛カルビだったよ」
「何それ? 面白そう」
ブライアンが興味を示した。幸樹は今日の炎上クイズの内容をブライアンに説明した。
「年齢差別だったかー。俺もカルビの写真が炎上だと思った」
「雨桐も受けてた?」
「んーっ。そんな問題出たかなっ? 記憶にないなっ」
まあ、そうだろう。幸樹もたぶん一年経ったらクイズの内容なんて忘れているだろうと思った。
「覚えてるのだと、ハイブランドの炎上連鎖が面白かったなっ。もう出たっ?」
「ハイブランド? いやまだかな」
「じゃあ、ブライアンと幸樹に炎上クイズっ」
雨桐はそう言うと、教授のモノマネで炎上クイズを始めた。
「えーっ。それじゃねっ、今日もねっ、最後に近年SNSで炎上した広告事例をねっ、紹介して終わりにしようかなっ」
雨桐はインターネットで対象の投稿画像を調べると、コテージの壁に備え付けられているモニタにその画像を映した。
「さてっ、何が炎上したかなっ?」
二十四年前の投稿というその画像には、アジア人女性がピザを箸で不器用に食べる画像が映し出されていた。「DG&」というブランドだ。
「これは簡単でしょ。箸でピザとか、ちょっと馬鹿にしてない?」
ブライアンがそう答えた。
「当たりっ! ホント失礼だよねっ。じゃあこれはっ?」
雨桐は次の写真を出した。そこにはブランド物を身にまとったモデルが着物の帯らしき布の上を靴で歩いている画像が映し出された。「ヴァレンタインノ」というブランドである。
「これも簡単だね。日本文化を侮辱していることだよね」
今度は幸樹が答えた。
「当たりっ! 二人ともすごいねっ! じゃあ、これはっ?」
雨桐は続けて画像を出す。今度は「オールD」というブランドが出した広告で、そこには伝統衣装を着用し、ブランドのイヤリングをしたアジア系女性の顔のアップが写されていた。肌は浅黒く、顔にはたくさんのそばかすがあり、目が小さく一重で鋭い目線でこちらを見ている写真だ。
「おぉ、アジアンビューティー」ブライアンが言う。
「えっ? そうかなっ? 幸樹はどう思うっ? 差別的な写真だと思わないっ?」
「たぶんこれ、欧米諸国の価値観が強調された写真ってことだよね。差別まで行くかは分からないけど、確かに難しい写真だと思う」
この写真は主に中国国内で炎上した事例だそうで、雨桐はインターネット上にある当時の意見をいくつか読み上げてくれた。それによると「アジア人女性を侮辱する肖像だ」、「ハイブランドはどうも西側諸国の美的感覚にこびている」、「人種差別といってもおかしくない」などがあったようだ。
「じゃっ、次ねっ」
次に雨桐が出したのは「クッチ」の画像だった。そこには口元まで覆うことが出来る黒色のタートルネックセーターを着たモデルが写されており、口部分には大きな赤い唇がデザインされていた。
「もうね。あからさまに人種差別じゃん」とブライアン。
雨桐の説明によると、黒人の身体的特徴を差別的に表現してるとしてSNS上で物議を醸したのだ。
人種差別は「レイシズム」と呼ばれ、黒人やアジア人の身体的特徴に対して差別されること多い。また、ある文化圏そのものを否定するような文化差別であったり、その文化でもともと根付いているファッションや言語、シンボルなどを他の文化圏が流用し、商業として利益を得るような「文化の盗用」も当時、話題になったそうだ。
「ねっ! 商品とか広告作るときに分からないのかなっ?」
雨桐の言うとおり、出されたクイズはすぐに分かる物ばかりで、商品製造や広告制作の段階で気がつけたのではないか、と幸樹も思った。
当時の価値観もあるのだろうが、なぜ誰も止めずに、それが世に出てしまうのだろうか。疑問だった。
「だけどさ。メーカーを擁護するわけじゃないけど、こうもいろんなブランドで広告出せば炎上する状態だと、そりゃ広告出すのもうんざりするよね」
ブライアンが大きく肩を落とした。
「表現の自由なのかっ、差別表現なのかっ、この時代の人は、今と比べて毎回考えるの大変そうっ」
「今だって大変だよ。文言、気に掛けなきゃいけないし」
そう言って幸樹もポスターを作らなければいけないことを思い出した。ジャパンリーグ本戦用のポスターだ。背景カラーはブルー。炎のように燃え上がっているエフェクトを加えている。メインは十一人の選手がポスターの前面の方にボールを蹴りながら走ってくるような構図にしている。そこまでは作っているが、この後、キャッチコピーや対戦相手名、開催日など文字情報を落としていく。
特にキャッチコピーは、炎上する内容にならないか考える必要があるのだ。それから今日の夜の試合が勝てれば「予選トップ通過!」と記載することも出来るので、そのスペースも確保しておきたいところだ。
幸樹はブライアンと雨桐に別れを告げ、二階の個室であるプライベート空間へと移動し、ポスター制作を進めた。
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