第5話 ゲームのままじゃない (2)
大テントの前にデジレを残し、ガストンに連れられて俺はキャンプの奥へ案内された。
屋根の煙出しを大きく開けた一つのテントから、ニカワを煮るような独特の匂いが鼻先に漂って来る。思わず空咳をして鼻から抜けた息にわずかに鼻水が混ざった。俺は口元をシャツの袖でそっと拭った。
(あ、これさっきのハイエナの肉を煮てるのか……)
そう思い当たる。美味そうな匂いでないのは、キャンプの住人にはむしろ救いだったかもしれない。
何せ、病気の重い数人にしか回らない筈なのだから――収納箱の中身が俺の期待通りであることを願いつつ、俺はそこを通り抜けた。
元は何かの神をまつった集合神殿の一部だったように思い出される、レリーフ入りのレンガで作られた小ぢんまりした建物が見えてくる。ガストンはその建物に俺を招き入れた。
寂れ荒れ果てたレヴァリングの街中にあってここは例外的に屋根もドアも破れておらず、辺りに積んである物からすると、どうやら特に大事な物資を保管するために使われている風だった
「ここだ。団長が言ってた箱はここにある」
屋の一隅に立って、ガストンが小さな灯油ランプに明かりをともす。すると、それまでひどく何があるのか見えなかったその場所に、デジレの言ったとおり、大きな硬木の収納箱があった。
デザインに見覚えがあるような気がした。さすがに緊張する。恐る恐る手を触れると、頭の中に声がした。
(
(え?)
一瞬戸惑う。ゲーム内でも確かに、時々何らかのトラブルに際してこういうメッセージがウィンドウに表示されることはあった。だが、その後の入力自体は、別ウィンドウで出てくるヴァーチャルキーボードに画面上で入力するという、なかなか迂遠なものだったのだ。
(これは……どうすればいいんだ?)
今までのところ、俺はサクソニアオンラインを再現したと称するこの世界にあっても、ウインドウが目の前に表示される経験もなければ、自分のステータスやインベントリを参照するようなことも出来ていない。
実を言えばだいぶ前からあれこれ脳内で叫んではいたのだが――芳しい反応はなかった。
と、迷っている俺の前でその箱のふたの一部がスライドして、キャラメル程度の大きさで格子状に切れ目の入った、象牙か何かを加工したような板が滑り出してきた。
その表面には金の象嵌で、この世界の数字が刻印されていた。おおよそローマ数字によく似た意匠のものだ。
――ええと、確かこれのパスワードは……
忘れてはいなかった。ガストンには少し離れてもらって、六桁の数字を打ちこむ。ぴし、という音と共に箱の蓋が僅かに浮き上がり、隙間から何か明らかに魔法的なものを感じさせる青緑色の光が滲んだ。
――バクン!!
派手な音を立てて、ばね仕掛けか何かのように蓋が開く。蓋に何かが引っ掛かったまま内容物を抑え込んでいたのか、中でガラガラと物品が崩れ動く音がした。
「ひ……開いた。開いたぞ!」
「こいつはたまげた! 本当にこの箱を開けやがった……」
放心したようにその場でへたり込み、そのままよつん這いの格好でガストンが箱へにじり寄る。
俺も自分が手をかけているその箱に、よじ登るようにして中を覗いた――おお。
おお。
そこには、ぎっしりと詰まった金貨の革袋が三つと、三十本ほどの小瓶を並べた木製の薬品ラックがあった。
また、高い精度で加工された金属製の柄頭や鞘飾りのある見事な長剣や曲刀が三振り、手入れの行き届いた革鎧と鎖鎧がそれぞれ一領。
不思議な色合いの光沢を帯びた金属のインゴットが各種取り揃えて一抱え。紫色の被毛を残したなめし加工済みの毛皮や、油や蠟をしみこませて腐食を防ぐ加工をした美しい模様のある樹皮。束にして乾かし羊皮紙に包んだ、何種類かのハーブ。
焼き印の押されたきつね色の焼き菓子がぎっしり詰まった、コルク栓をしたガラスの大瓶。そして、がっしりした造りでありながら腰回りにしっかり馴染む赤い革製のベルトとポーチ。
――おおよそ記憶通りの、だがしかし、ゲーム中のどこか抽象的なアイコン画像とはかけ離れた、恐ろしいほどにむき出しの実在感を伴った物品が詰め込まれていた。
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