遥かなる星の海から

黒いたぬき

遭遇

第1話 未知との遭遇

「世界各地で隕石と思われる物体が目撃されており、SNS上には上空を横切る流星群の動画が多数投稿されています。専門家の話に寄ると、隕石と思われるその殆どが全て燃え尽きるとの事です」


 二〇二三年も半ばを過ぎたこの日、何の前触れもなく地球に飛来した隕石群と思われたそれは、専門家の予想通り地上に被害を与えることなく、大気圏に突入して消滅していった。


 しかし例外が一つあり、そのまま地表へと落下してきたのだ。

 そしてそれこそが、後に人類史に大きな影響を与えることになるとは、この時誰も予想していなかった。



 ◆総理官邸◆


「アメリカや欧州、中国やロシアという線は本当に無いのか?」


 内閣総理大臣真鍋信三(まなべしんぞう)は、確認するように内閣官房長官小泉英明(こいずみひであき)に尋ねた。


「……ご覧の通りです総理。これがアメリカ人やヨーロッパ人、ましてやアジア人に見えるのなら、眼科か脳外科に行く事をお勧めします」


 皮肉たっぷりな口調で答えた小泉の言葉に、真鍋は大きなため息を吐いた。


 確かに目の前の写真には、そのどれとも合致しない存在が写っていた。


「……確か現場は青木ヶ原の樹海だったな。今はどうなっている」


「未知の病原菌や汚染の心配がある為、県警が樹海のハイキングコースを一時的に封鎖しています。また捜索に当たった陸上自衛隊員と写真の者たちは、自衛隊富士病院に搬送、隔離措置の対応を行なっています」


「地球は広いというのに……よりによってこの時期の日本に墜ちなくてもいいだろうに」


 真鍋は再び大きなため息を吐くと、椅子にもたれかかるように深く座った。


 日本を取り巻く情勢はかなり厳しい状態にあり、とてもではないが新たな火種を抱える余裕はない。


 ロシアは昨年の隣国侵攻によって国内が情勢不安に陥っており、その余波は極東にまで及んでいる。


 また中国は台湾への圧力を更に強めており、北朝鮮もそれに合わせるかのように連日、ミサイル発射実験を繰り返している。これによって日本周辺の緊張感はこれまでに無い以上に高まっている。


「……マスコミや周辺諸国が騒ぎ出す前に詳しい情報が欲しい。なるべく早く上げるように指示してくれ」


 疲れた声で指示を出す真鍋は、この数時間後、更なる疲労感に襲われる事になるのだった。



 

一方、自衛隊富士病院は大混乱に包まれていた。

 何しろ外来を急遽禁止した挙げ句に、隔離措置まで命じられたからだ。

 さらに問題なのは、運ばれてきたのが明らかに地球人とはかけ離れた外見をしていたことである。


「正直言って手詰まりだ。どうすれば良いのか全く分からない」


 応急処置を行おうにも、地球人と同じ方法で良いのかすら分からない。

 だが、それも仕方のない事だった。

 何故なら彼らにとっては異星人など空想上の存在であり、当然医療的な知識などないからである。

 それでも彼らは必死に考え、少しでも多くの情報を集めようと必死になった。

 今できる検査の全てを彼らに行い、その結果を元に治療方法を模索した。


 しかし結局、彼らが知り得た事は一つもなかった。

 ただ一つだけ分かった事があるとすれば、確実に地球人ではないということだけだった。


「……応急処置だけで様子を見よう。それ以外に出来ることはない」


 そう決断したのは院長である野村謙次一等陸佐で、彼の判断は正しかった。下手に手を出せば事態が悪化しかねないし、何より現状では打つ手がなかったからだ。


 幸いにして収容された三名の容態は安定し始め、僅かではあるが体力を取り戻しつつあった。

 こうして未知の生命体との接触は、誰にも知られる事なく静かに始まったのである。



 ◆山梨県・青木ヶ原◆


 隕石の落下現場に派遣された中央特殊武器防護隊の隊員の多くは、現場に到着するなり言葉を失った。


「おいおい、隕石の落下じゃないのかよ」


 隊員の一人が思わず口にした言葉が、彼らの心情を表していた。

 C−2輸送機よりデカい物体が、地面に埋もれて鎮座していたのだから無理もない。


「これが宇宙から飛来したなんて……何かの冗談ですか」


「冗談ならいいが、生憎と目の前にあるのが現実だ。我々はこれと周辺の汚染状況を確認する。いいか、絶対に気を抜くなよ」


 隊長の指示に従って隊員たちは慎重に作業を開始、丸二日掛けて周辺の安全を確保した。

 その後、別の部隊が投入されて落下現場に残っている残骸の調査を開始した。


「これは……荒れそうだな」


 明らかに軍用と思われる装備品の数々を見て、調査隊の隊長は眉間に皺を寄せながら呟いた。


 宇宙から飛来した代物に積まれた軍用品ともなれば、まず間違いなく世界中が目の色を変えるだろう。


 そうなればどうなるか。

 分かりやすいのは中国や韓国であろう。

 あらゆる手を使って日本が解析するのを妨害してくるはずだ。


 もちろん、同盟国であるアメリカだって同じだ。アメリカが強大な発言力を保持出来るのは、軍事力があってこそなのだ。そんな軍事バランスを一変させかねない存在を前にすれば、自国の利益の為に動くのは目に見えている。


 そうなれば日本は強烈な外圧に晒され、下手をすれば国家存亡の危機に立たされる可能性すらある。


「……面倒なことにならなければ良いのだが」


 嫌な想像を振り払いつつ、彼は部下を引き連れて調査を再開した。




 ◆総理官邸◆


 隕石落下から一週間が経過した頃、ようやくマスコミも隕石では無かったのでは、とういうことに気づき始めていた。というのも自衛隊が何度も樹海に出入りしている上に、県警が樹海のハイキングコースを封鎖していたからだ。


 しかしこの時点では自衛隊の航空機でも墜落したのだろうという認識しかなく、自衛隊叩きを行う連中が嬉々として報道する程度でしかなかった。


「自衛隊富士病院からの報告では、収容者三名は意識を取り戻して以降、順調に回復しているそうです。ですがやはり言葉の壁があり、今のところ円滑なコミュニケーションは不可能との事です」


 統合幕僚長岩本拓郎(いわもとたくろう)そう報告すると、スクリーンに画像を表示させた。それは件の三人の姿であり、初めて見る閣僚の何名かは驚きのあまり絶句してしまうほどだった。


「ご覧の通り、地球人とは明らかに異なる容姿をしています。また墜落現場から回収した備品は、明らかに未知の技術の塊でした。もはや異星人と定義する以外ありません」


 淡々と説明する岩本の言葉に室内は完全に静まり返った。

 誰もが何を言えば良いのか分からず、口を閉ざしたまま呆然とスクリーンを見つめていたのだ。


 そんな中、最初に口を開いたのは官房長官小泉英明であった。


「マスコミが動き始めた以上、いつまでも隠し通せるものではないでしょう。いずれ公表せざるを得ない日が来るはずです」


 小泉の言葉に反応するかのように、他の大臣たちも次々と同意していくが、問題はどこまで公表するかだ。


「とはいえいきなり宇宙人が落ちてきたとは言えないぜ。どうすんだ?」


 副総理兼財務大臣の加藤雄造(かとうゆうぞう)の問いかけに、総理の真鍋信三は難しい顔で頷いた。

 実際問題として、何処まで情報を開示すべきか難しい問題であるのは間違いない。これは国内の問題だけではすまないのだから当然だ。


 だが同時に、国民に対して嘘を吐き続ける事も不可能に近いのも事実だ。情報というのは必ず何処からか漏れるものであり、それが広まる速さは決して侮れないものがある。ならばある程度は正直に話した上で、出来る限り情報統制を図るしかないというのが結論だった。

 それから数時間に及ぶ協議の結果、総理大臣真鍋は以下のような方針を打ち出した。


 1.隕石ではなく、謎の未確認飛行物体が落下したことを伝える。

 2.臨時の対策室を設置して、事態の解明と情報収集に努めることとする。

 3.アメリカ合衆国にも協力を要請する。

 4.国民の混乱を避ける為に、必要最小限の情報公開に留める。

 5.必要な法整備を早急に進める。


 こうして様々な取り決めを行った上で関係各所に通達が行われていった。

 そしてこの決定により、世界は新たな局面を迎えることになるのだった。



 ◆アメリカ大使館◆



 異例の若さで駐日大使となったミシェル・アリソンは、日本の外務省から齎された情報を受けて内心で頭を抱えていた。


(何やら慌ただしく動いているとは思ったけれど……想像の斜め上を行き過ぎよ)


 自衛隊が当初から慌ただしく動いていたのは当然掴んでいたが、アメリカは全く以て注視していなかった。

 被害の出なかった隕石落下よりも、台湾方面で活発に動く中国軍に意識を向けていたからだ。


「それで、日本政府は何をお望みなのかしら?」


 ミシェルは秘書の入れた紅茶を飲みながら、対面に座る外交官に尋ねた。


「日本政府はアメリカ合衆国との合同調査を望んでいます。何しろ未知の技術に未知の人種です。日本だけではあまりのも荷が重いというのが現実です」


 そう言って肩を竦める外交官に、ミシェルは小さくため息を吐いた。

 確かに未知の技術や人種には興味はあるが、合同調査ともなれば嫌でも中国やロシアと対立するのは間違いない。


(台湾情勢が不透明な中での新たな火種は困るわ。これ以上刺激を与えれば、本当に暴発しかねないのに)


 大国ロシアが揺らいだことで、世界の軍事バランスも経済も非常に不安定なものになっていた。もしここで中国まで暴発するようなことになれば、あらゆる面で深刻な打撃を受けるのは確実だ。


(……でも未知の技術は確実に欲しいわね。宇宙から本当に飛来したのならば、相当に高い技術力を持っているのは間違いないだから)


 超大国アメリカが揺らぐようなことがあってはならない。

 そう信じるミシェルは技術か安全かを天秤に掛けながら思案する。


「……では今わかっているだけのことを資料として送って下さい。それを精査した上で、大統領に相談させてもらいます」


 最終的にそう決断したミシェルだったが、日本から送られてきた資料を見て血相を変えることになる。


「すぐに大統領へ連絡して!最優先事項よ!」


 こうして日本やアメリカの上層部が慌ただしく動き始めた頃、自衛隊富士病院の野村一佐は何とかコミュニケーションを図ろうと四苦八苦していた。


「ダメです。やはり相手がコミュニケーションを拒否しています。これでは言語学者お手上げです」


「何時まで経ってもこれでは埒が明かないぞ。コミュニケーションが取れなければどうにもならないぞ」


 収容された三名とはあらゆる手段を用いてコミュニケーションを計ってきたが、成果は芳しくなかった。

 何せ相手に意思疎通をする気が全く無いのだ。


 一応、隔離した場所に書物やテレビラジオといった物には興味を示してはいたが、対話となると一転して拒否の姿勢を見せるのだ。


「まもなく総理が記者会見するというのに……」


 野村一佐が頭を悩ませていると、テレビは総理官邸からの緊急会見を映し出した。


「どうやら始まるようだな。病院の警戒を厳重にしておけ。マスコミが押し寄せて来たら困るからな」


 野村はそう言うと、緊張した面持ちで会見に望む鍋田総理の姿をジッと見つめていた。


 ◆首相官邸◆


  会場に現れた総理の姿に、記者たちから一斉にフラッシュの光が浴びせられる。

 カメラのシャッター音と無数の視線が集中する中、総理はマイクの前に立って挨拶を始めた。


「えーお集まり頂きましてありがとうございます。まず初めに、日本政府が発表します内容はこれまでの常識を大きく覆すものです。皆さんの中には信じられないと思う方もいらっしゃると思いますが、どうか最後までお聞き頂きたいと思います」


 鍋田の言葉に記者たちはざわめき始めるが、構わずに彼は続けた。


「皆様も記憶に新しいことかと存じますが、今から二週間前、隕石群の飛来が確認されました。その様子はSNS上でも大きく話題となりましたが、実はその隕石群の一つが富士の青木ヶ原樹海へと落下しました。被害調査の為に自衛隊が対処に当たったところ、正体不明の物体を発見しました。これがその時の写真です」


 そうしてスクリーンに映し出された写真を見た記者たちの反応は大きく二つに分かれた。

 一つ目は驚きのあまり言葉を失う者であり、もう一つは理解不能なものを見る目で凝視する者だ。


「この物体から自衛隊は乗組員と思われる遺体と生存者数名を回収致しました。またその後の調査でこの物体が未知の金属で出来ていることが判明しました。よって我が日本政府はこの物体が宇宙から飛来したのではないかと考えております」


 そこまで言ったところで再びフラッシュが焚かれ、質問の声が飛び交うようになる。


「それはつまり宇宙人ということですか」


「生存者や遺体を調査した結果、地球人類とは異なる結果が出たとだけお答えしておきます」


「生存者は何処に収容されたのでしょうか」


「プライバシーの観点から回答は控えさせていただきます」


 その後も矢継ぎ早に投げかけられる質問に、鍋田はのらりくらりと躱しながら答えるのだった。

 やがて一通りの質疑応答を終えた頃、官房長官の小泉が壇上に上がって耳打ちをした。


「自衛隊富士病院から連絡がありました。生存者が日本語を話したと」


「!?」


 思わず大声を上げてしまいそうになった鍋田は、慌てて声を呑み込んで記者団に振り返った。


「今日の会見は以上なります。詳細については後日改めてお知らせ致しますので、それまでお待ちください」


 そう告げて足早に会見を終えた鍋田は、足早に歩きながら小泉に続き促した。


「それで相手は何と言っているんだ?」


「それが詳しいことは総理に話すの一点張りでして……どういたしますか」


「どうもこうも会うしかあるまい」


「では今日の予定は全てキャンセルして

 面会の準備を致しましょう」


 鍋田の言葉を聞いて、小泉はすぐに部下に命じて準備に取り掛かった。


(未知との対面か。さて、これからどうなることやら)

 不安を感じながらも、不思議と期待している自分がいる事に鍋田は気づくことはなかった。


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