第19話 お互いを知る
太陽が西の地平線の向こうへと落ち始める。西の空には積乱雲が立ち込めていた。
立華たちは住宅街を歩いていた。このまま歩けばあと3分で立華の家に着くだろう。
一方ドラゴンは、もうすでに立華の家の屋根の上にいた。
屋根の上から立華たちの姿を見つけ、上を見上げてクーリバイクがいないかを確認する。
幸い、周囲にクーリバイクはいない。遠くを見ても、いない。
そして、白猫も別の家の屋根の上で立華たちを見ていた。
クーリバイクに見つかっても問題ないため上は見ないが、時折ドラゴンのほうにも注意を向けている。
やがて、ドラゴンと白猫の目が合う。結局、お互いの素性は知れないままだ。
そして、ドラゴンが白猫のほうを睨むように見た。
<おい、白猫。聞こえてるか?>
ドラゴンは、白猫がやっていたのと同じように、テレパシーで話しかけた。
<……聞こえてるよ。あなたもテレパシー使えるのね>
白猫から返事が来た。
<……あまり使いたくないんだがな>
<じゃあなんで今はテレパシーで? 自慢?>
(そんなんじゃねぇよ。黙ってろ)
<急にやめるじゃない。慣れてないなら無理して使わなくて良いのよ>
(うるっせぇ)
ドラゴンは悪態をつき、上を見る。まだ周囲にクーリバイクは見えない。
(……あの場所で俺の邪魔したのもお前か)
<ああ、私がカフェでフロートぶっかけた時? だってあなた、雷竜なのに後先考えずに堂々と人間の前に飛び出そうとして──>
(……!?)
ドラゴンは驚いた様子で白猫の話を聞いていた。
<まぁ、あの時飛び出したくなった気持ち、私にも分かるけどね。自分勝手な行動ばっかして、無責任にもほどがあるわよね……>
(お前、俺のこと、雷竜って呼んだか?)
<え……、待って違うの? まさか、本当に……?>
白猫が驚いたように声を上げ、頭を下げて謝り始めた。
<ご、ごめんなさい! 2択で迷ったんだけど、やっぱりあなたは──>
(いや、それ以上言うな! 雷竜で良い! ……ありがとな)
ドラゴンが慌てて口をはさんだ。
<……? 分かった>
ドラゴンがほっとため息をつく。白猫はドラゴンの不可解な言動に少し困惑している。
<それで、用事はそれだけ?>
白猫がドラゴンに語り掛ける。
(お前がなぜあの人間をつけてるかは知らん。だがな……)
ドラゴンは白猫を睨みつけて、続けて言う。
(お前があの人間の家の中にまで入ってくるなら、俺が叩き出す。そのつもりでいろ)
<え?>
白猫は驚いたような声を上げる。直後、ドラゴンは立華の家の中に入って行った。
(……ああ、なるほど。逆だったのね。いや、同じとも言えるわね)
白猫は何かに納得したようで、安堵のため息をつく。
そして、立華が家の中に入るのを見届けると、
『人様のペットに随分と失礼な態度をとってしまったわね。また会ったときは、きちんと謝らなきゃ』
そう言って、どこかに走って消えて行った。
(はぁ、やっと帰ってこれた……)
家に入り、玄関の鍵を閉めた立華は、かなり疲れた様子でため息をつき、その場に座り込んだ。
(やっぱり、お家が一番落ち着く。誰もいない、私だけの空間)
(あっ、違う。今は、あの子がいるんだっけ)
立華は目を閉じて、ドラゴンのことを思い出す。
(……不思議、あの子がいるって思うと、こんなに落ち着くなんて)
そして目を開けると、再びため息をつく。
(でも、私、どうしたら良いんだろ。仕事は楽しいから、転職なんてしたくないし、でも、周りの人が……)
立華は職場のことで苦悩しながら、立ち上がる。
(でも、仕事はしなくちゃ、生活できないし、人間関係なんかでやめちゃ駄目だよね)
立華はブラック企業に居ついてしまう人にありがちなことを考えながら、自分の部屋に入る。
部屋の中には、まるでずっと家の中にいたかのように振る舞っているドラゴンが、部屋の隅にあるドラゴン専用の寝床の上で寝ころんでいた。
(ん、お疲れ)
ドラゴンはわざとらしく立華を見て、わざとらしくあくびをした。
「あ、ピーナただいま」
立華は無意識にそう言ってドアを閉める。
バタンッ
「グ、グワァッ!?」『は、はぁ!?』
「え? あ、あれ?」
突然、部屋の空気が変わった。
ドラゴンは飛び起きて空中でフリーズし、立華はドアを閉める姿勢で動きが止まっている。
(こいつ……、今、『ピーナ』って呼んだか!? なんで俺の名前知ってんだよ!? 俺、教えてねーよな!? こいつが外にいるときも、俺はずっと見てたぞ!?)
ピーナと呼ばれたドラゴン、めちゃくちゃ困惑。
(ピーナ? ……あれ? 名前、付けたっけ……? 付けた気もするけど、……あれ?)
そして立華も、確証のない記憶に戸惑う。
ピーナ。今の今まで出てきていない単語だ。ここに来るまでの話の中でも、1度も登場していない。
しかし、確かにこのドラゴンの名前は、ピーナだ。
ピーナと立華、お互い見つめ合って、止まる。お互い、動かない。
数秒の沈黙の後、
「……ピーナ?」
「……グアゥ」『……おう』
立華はおもむろに名前を呼び、ピーナはおもむろに返事をした。
立華はピーナに歩み寄り、しゃがんで、言った。
「キミの名前はピーナ。それで良い?」
ピーナも立華の目を見て答える。
「……ングア」
この時、名前による一種の契約が成立した。
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