下着

土妖精ノームなんです。ゴブリンは。詳しいことはさておき。同じ自然から生まれる妖精が大量発生してしまうと、本来一定に保たれていた調和が崩れて魔化します」

「つまりは、ゴブリンが大量にいると精霊が魔化する可能性があるということでしょうか」


 簡単に言えばそうだな。

 シグレさんの言葉におれは頷きで返す。

 自然の呪縛は未来永劫付き纏う。

 夢見の妖精はなに思う。

 どっかの進化したバカが考えてたっけ。

 純粋の癖に。


「テルミ」

「へぇ~、じゃあゴブリンを狩らないといけないじゃん! 見てろ~」


 ……この国大丈夫か?

 目を開けていないから分からないけど、割とマジメに大丈夫かこれ?

 シグレさんはひとつため息をついた。


「【浄化じょうか雨水あまみず】」


 シグレさんが何かを口にした瞬間、ポツンと肌に何か跳ね返ったような感触がした。

 これは……水?

 水だ。

 風呂場の上空から幾重ものしずくがぽつりぽつりと降ってくる。

 降ってくる水の当たった個所がみるみるうちに熱くなってくる。

 浄化って言っていたよな。

 ということはこれ、【神聖術】か!

 まずい。

 何がまずいって、妹が抱き着いているせいで風呂に潜るっていう緊急回避ができない!

 ……おれは【黄泉の巫女】だ。

 こんなのすべて受けきってみせる!


「……あれ?」

「目は覚めましたか」


 テルミが素っ頓狂な声を出したことだけ分かった。

 多分、さっきの雨は酔いを醒ます効果を持っていたのだろう。

 妹も冷静になったのだろう。

 突き飛ばされたおれは、顔面から湯船にダイブしていた。

 こっちも体中熱いのに。


「あーっと、内容は覚えてるよ。ごめんごめん。シグレン。頼んでいい?」

「分かりました」


 シグレさんの気配が消えた?

 もしかしてもういなくなったのか。

 本当に忍者みたいな人だ。

 弓はあんなにも目立つ色をしているのに。


「……チャンスだからね」


 チャンス?

 テルミの言うことは本当に良く分からない。

 聞き取れたのはチャンスという言葉のみ。

 多分それしか口にしていないのだと思う。

 ここから読み取るにおれを信頼できる人物かどうか。

 はたまたゴブリンや魔精霊の発生原因を探るチャンスか。


「ねぇ……」


 妹が目をチラチラと背けながらこっちを見てくる。

 まだ若干頬が赤いような……?

 酔いは本性が現れるからな。

 ここは三猿だな。


「すまんな妹よ。大丈夫だと思っていたんだが、つい意識を失ってしまった。いったい何をしていたんだ?」

「そっ……。あんがと」


 何が? とでもとぼけておこうか。

 酒の席で得た弱みを覚えておく必要なし。

 またその弱みを笑い話にする必要も無し。

 おれはもう溺れないようにと、妹の隣に腰を下ろした。

 すると妹はおれの両脇を掴み、自分のひざ元に置いてきた。

 何の心境だ?

 この場合、なんて反応すればいいか分からないな。

 とりあえず……、鼻にお湯が入ったぁ!

 ツンとした痛みが鼻から脳に伝わってくるので、おれは鼻を摘まんでいた。


 最近、おれの常識は毎回砕かれてばかりです。

 全裸の妹に甲斐甲斐しく体を拭かれて、さらに女性用のパンツを穿く羽目になっていて。

 もう本当に意味が分からない。

 正直今まで通り男性用でもよくない?

 そんな風に妹と口論したら、色々諭されたうえで「穿けよ」と冷たい眼差しで言われてしまった。


 これを穿いてしまったら男としての尊厳が……。

 テルミ!

 口元隠してるけど目が笑っている!

 こっち見んな!

 般若の妹と尊厳のパンツ。

 見比べていたら突然として妹に腕を掴まれ、軽々と持ち上げられてしまった。


 宙ぶらりんになるおれの足。

 その状態で無理矢理穿かされた。

 なんかもう、いろいろ失ったような気がする。

 地面に手をついたおれを、妹は「手間かけさせんな」と見下ろしてくるし。


「巫女服着てるくせに何をいまさら」

「着させられたの間違いだろ!」


 もういい。

 この際そこは置いておこう。

 いつまでもネチネチしている自分にイラつくからな。

 未来を見よう。

 妹が次に取り出したのはサラシ。

 キャラ的にはあっているけど不思議に思うところがあるんだよな。


「ブラじゃないのか?」

「……別にいいけどさ、その服だと横から見えるよ。ついでにブラだと紐が見えて恥ずい思いすんし」

「別に構わなくない? 水着の時はいつも――」

「男目線で語んな! 横に引き連れてるこっちが恥ずいんだよ!」


 最近妹が怖い。

 いや、ずっと前から妹が怖い。

 テルミはなんか腹抱えて声にならないほど笑っているし。

 ここにおれの味方はいないのか。

 大人しく女子歴の長いものに巻かれよう。

 胸に包帯巻いているだけと思えば、大して恥ずかしくも無いし……。

 というか実質包帯じゃね?


「こういうのもなんだけどさ。小さめで助かったね」

「膨らみかけの方が可愛いし。それに大きいと逆に動きづらそうじゃないか?」


 いや別にさ。

 冒険者とかさ、よく動く職業じゃないんだったら別にいいと思うよ。

 そこは人の自由だと思う。

 たまに釣られるよ、大きい方に。

 おれもな。

 けどあんな錘付けた状態で動くのなんざごめんだね。

 当たり判定も大きいし、重心とかもズレそうっていう偏見がある。


「……嫌味かっ!」


 なんでだか知らないけど、妹がサラシを巻いている途中で顔を近づけてきた!?

 代わりにテルミが崩れ落ち、吹き出すように床をバンバンと叩きながら笑い出した。


「理由がサクッチの言い訳と一緒! アッハハハハハ!!」

「うっさい!」


 おれにサラシを巻き終えた妹。

 なんか知らないけど頭を撫でられた。

 ……本当になんで?

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