爆音による鼓膜破壊

なんか、鼻がムズムズする。

さては誰か噂でもしてんな。

それはさておき、転移陣を抜けた先はどでかい無機質な白亜の壁だった。

ようはアレイサス像の後ろ。

床に出て来たり壁から出て来たり。

方向感覚が狂いそうだ。

どういう理屈なんだろうな。

ワープって憧れるけど現実で考えるといろいろやばい説ばっかあるし。

解明できたのかね。

そういうのは専門外なので置いておくとして、


「で、同居しろと」

「はい」


なんでだか知らないけど、おれは妹に頭を下げていた。

これからは妹と同室することとなる。

それを伝えたら、「図ったなテルミ」と妹も苦言を呈していた。

なんか普通に信じられた。

もしかしてテルミならあり得るって考え方何だろうか。

あの人、何考えているのかさっぱり分からない。


どうも今日は導き手と女王のみで夕食をとるらしい。

難しいことが書かれた書類仕事を中断した妹が思い出したかのように言ってきた。

それなら邪魔をするわけにはいかない。

料理できないおれはどこかに行こうとした時だ。

突如として現れたテルミに「親睦会しようぜ!」と首根っこを掴まれて連行されてしまった。

ご丁寧に扉を閉めてから。

なんかもう、驚かないですはい。

扉を開けると小部屋があった。

その先にもうひとつ扉。

テルミは妹が扉を閉めるのを確認すると、バンッと勢いよくもうひとつの扉を開け、強制的に頭が覚醒した。

言葉もでなかった。

分かるのは鼓膜が貫かれるという感覚のみ。

骨という骨を揺らす爆音。

まるで暴虐の粒子が内側から暴れているかのようだっ!!

手が震えて耳を塞げないっ!

瞼を辛うじて上げると、妹に詰め寄られてたじたじになっているテルミが映った。


「ほらっ、もういいから」


妹がおれの手を軽く掴み、そっと落としてくる。

……本当に……大丈夫そう?

つぅ……。

まだ残響が。

音も下げられたんだよな?

耳が過敏になっているせいか、大音量になっている錯覚すらある。

おれは諸悪の根源に今できる精一杯の眼力をぶつける。


「……お前ッ!」

「ちょいちょい! そんな睨まないで!」


テルミが慌てた様子で手を振ってくる。

何の呪いをかけてやろうか。

できるだけ強い奴がいいよなぁ。

例えばそう、力が赤ん坊よりも低くなる奴とか。

それとも神への冒涜らしく呪毒じゅどくでも使おうか?

じわじわと続くのに意識を失うことを許されない。


「あっ、【餓鬼呪がきじゅ】とかいんじゃね」

「ガキじゅ? 何それ! 子どもになる呪い?」

「餓鬼みたいにいくら食べても治まることのない衝動。少しでも腹を満たそうと消化が激しくなる。身体も栄養を摂取しやすくなる。気づけば餓鬼とは違う形で腹がぷっくらと膨らんで……」

「いやほんとすいませんでしたっ!! それだけはマジ勘弁!」


必死の形相でテルミが土下座する。

気のせいか妹とシグレさんがテルミから離れるように移動しているような……?

もしかして意外と薄情?


「……いや冗談なんだけど。掛けようと思ったらもう掛けているし」


いやうん。正直本気で呪ってやろうかと思ったよ?

おれだけ被害食うのは割に合わないし、舐められないためにもな?

けどうん。

誰も土下座しているテルミの味方をしようとしないのを見るとな?

溜飲が下がった。

妹はともかくとして、ヤーティもシグレさんもむしろ受けて当然みたいな反応をしたのはな。


「とりあえず、手を洗ったらどうだ?」

「マジ感謝!」


テルミが離れていく。

その後ろ姿にシグレさんは「良い薬でしょう」と漏らす。

妹様に至っては「軽ければ見逃したのに」と真剣な表情で仰っていた。

……女性陣が怖いです。

というかこの世界に来てからの致命傷が全部くだらないってマジ?

話を戻して、テルミに連れてこられたのは教室ほどの広さである部屋だった。


ステーキと何か分からないソースが良く絡んだ匂いが届いてくる。

あっちにあるのはナポリタンか?

大量に肉が乗った丼もいくつかある。

何の魔物かは分からないけど。

すべての匂いが一緒になって届いてくる。

良い匂い、良い匂いなんだけど……いっぺんに来るから鼻が捥げそう。

流石は日本人。

綺麗に再現された日本料理があちらこちらに存在していた。


「バリキチもどうだい!」


復活したテルミが持ってきたボトルからは、ぶどうの濃縮されたにおい……ってそれワインじゃねぇか!


「未成年なので」

「魔族は十五歳から成人だぞ! ほらほら駆けつけ一杯!」


グラスを突き付けるくらい、ぐいぐい進めて来るな。

何度断っても無駄だろうし。

何事も経験だな。

ひとつ試してみようか。


「……じゃあせっかくだし貰っとくか」


何にも考えていない様子のテルミにグラスを握らされる。

パリンといかないのを見るにこれもプレイヤー用か。

どこかへ走り去ろうとするテルミ。

おれは渡されたグラスに口をつける……、その前に。


「酒は人間の本性が浮き彫りになる。割と有名だよな、テルミ」

「むっふぅ。交渉や条約を結ぶなら酒の席。みな等しく同じ人になれる。万能の霊薬だよ」

「そうだよな。酒は様々な垣根を越えられる嗜好品のひとつだ。最高の酔い時間、現実に戻りたくはない」


まぁ当然そんなことは分かっているよな、テルミも。

当たり前のようにワインを口に含んでいる。

酒を呑んだことはない。

味やら喉ごしやら、何もかも等しくどうでもよくなる感覚は一切分からない。

けれど似たようなものなら分かる。

集中して物事をやっている時に、横やりを入れられる奴。

それと似ているんだと思う。

あれも現実を忘れていられる時間だから。

それと同じ。

要は何が言いたいのかって言うと。


「おれ、初だからさ。どれくらいこの霊薬を大丈夫か分からないんだよな」

「おっ、初だね! いいじゃんいいじゃん! 副作用の現れもまた経験」

「じゃあ呪いとか瘴気とかついでに現れるかもしれないけど頼んだ!」


どんな味か試しに一口、といったところで上からグラスを妹に取られてしまった。

そこへさらに「失礼しました」とシグレさん。

おれに頭を下げたと思ったら、テルミの首根っこ掴んで連行していった。

もう少し上手い言い方で酒を断れればなぁ。

これじゃあ脅しだ。

つまらない。

気分を変えて、おれは妹に問いかける。


「ここにあるものってプレイヤー用?」


じゃないと道具を潰してしまうからなぁ。

おれの体。

そこのとこどうなんですか、当たり前のようにグラスに口をつけている妹さん。


「そっ。ってかなんでそんなこと聞く?」

「色々あったんだよ……。色々と。それじゃな」


おれと居たってつまらないし、妹は友人と一緒にいた方が良いよな。

……なんか静か。

陽キャってひとりでいるのを嫌うというか。

常に騒がしい印象があったんだけど。

いや、酔っているのかひとり妙にシグレさんに絡んでいる人がいるけど。

こっちこないなら気楽でいいか。

おれも適当に隅で食べよっ。

なんて適当にさらに料理を持って床に座るおれ。

そこへ忍び寄る影がひとり。


「よぉ、人を呪うってどんな気分だ」

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