テルミの頼み
確実に無理。
むしろおれが妹を六魔王レベルにしたくない。
妹はおれの頭を軽くバシバシ叩いてくるし。
「ちょい待ち! なんで私!? ヤーティいんじゃん!」
「俺かよ!? ……ああでも中身男だしな」
中身男で安心するってヤーティお前。
あれか?
病院とか行くとき、看護師だと緊張するから男の先生に診てもらいたい的なあれか?
いや、それはないな。
多分、もっと別の方を考えているに違いない。
だって陽キャだし。
「ところが問屋はおろしてくれないのさ」
テルミが二本指を立てて言うには、現状大切なのは民の心の平和らしい。
もしもおれひとりだけだと国の重役たち全員が揃って迎撃に出ようとする。
居るだけで支えになる人たち全員が出ないといけなくなる状況、民は安心なんてできないだろう。
そんで誰がおれを制御できる役として連れていけるのかって話だが……。
現時点でおれを尻に敷いている妹以外適任はいないだろうとのこと。
まぁ確かに、守るべき存在の妹を攻撃しようとは思わないけどさ。
おれは調教された暴れ馬か何か?
「最後! これ一番大事だよー、テストにも出るからきちんと聞いてねー。それはねーーーーーーーー、あーしが楽できる! 以上! 追記するかもしんないからよろよろ」
またシグレさんと妹がテルミに突っかかった。
この調子じゃ苦労していそうだよな。
ヤーティはといえば苦笑いを浮かべているし。
何この国。
光り輝く聖国だけに陽キャしかいないの?
おれ口挟めないんだけど。
班作ったはいいけど、口を挟めなくてついいつものメンツで話し決めるみたいなの止めて!
「頼まれてくれるバリキチ? 何ならハーレムとか作ってくれても全然オッケよ。黙ってくれさえすれば」
テルミさんがハーレムを肯定してくるぅ。
しかも確認の時だけ飛んでくるのも再現されてるぅ。
もうやめて。
この国違う意味で死にそう。
ほら、シグレさん「厄災は身近にいた」って嘆いているよ。
そして「じゃあ俺が行くかな」と妙に張り切って肩を動かすヤーティを粛正している。
「……ひとつ言っておく。妹を六魔王レベルにまで上げるのは不可能だ」
「そうなん? 六魔王と謳われしバリキチでも?」
「そのクズ共と一緒にすんな」
あんな会話が通じない連中と一緒にしないでほしい。
あいつらを理解することは不可能だから。
理解することが不可能な領域に立っているからこそ、あいつらは六魔王と謳われた。
「近づけることは可能だ。けど六魔レベルって考えるならハッキリ言って無理。妹は優しすぎる」
そもそも奴らの前例がアレすぎたって面もある。
もしもあいつらの領域に、ただのひとりでも普通の人物が混じっていたらその限りじゃないんだろうけどな。
シグレさんだけじゃなく、ヤーティも心当たりがあるのだろう。
当然のように頷き、納得していた。
なおもおれは言葉を続ける。
「やってみなくちゃとかじゃない。これはそう単純なものじゃない。プレイヤーですら、知っての通り簡単に手が届くものではない」
それでももし、やるのなら。
おれは妹に手を伸ばす。他でもない妹に。
六魔レベルとなると、並大抵の考え方ができなくなる可能性がある。
体が壊れる。
もしかすれば人間という枠組みから完全に外れてしまうかもしれない。
これはテルミの勝手な意思で決めてほしくない。
だから――
「なん言ってんの」
妹はおれの目線に合うようにしゃがんだ。
その瞳は既に覚悟で染まっているような気がした。
妹はおれの手を無視して、額に指を当ててくる。
「届かない? 上等。到達してやんよ」
「壁が大きすぎて、無力感に打ちひしがれてしまうかもしれないぞ」
「無力感なんて日常だ」
……分かった。
どの道、おれが妹にしてやれることはほとんどない。
どれだけ狂人の領域に足を踏み入れられるかが勝負どころだからな。
テルミがパンと手を叩く。
「じゃあ決まりってことで」
陽気な雰囲気が場を支配した気がした。
テルミはにっこりと笑みを作り、腕を突き伸ばす。
「とりあえず今は、気楽に魔族の国へゴー! 姉妹水入らずでねー!」
「姉妹じゃない!」
「誰が姉妹だ!」
「仲ええやん! 詳しい話はまた後でー!」
なんだろう。
ノリと勢いという名のジェットコースターするの止めてもらっていいっすか?
姉妹じゃなくて兄妹だよ。
熱すぎて疲れる空間。
妙にすかした表情で空の手銃を撃つテルミを後に、妹はぶつくさ文句を垂れながら転移陣で消えていく。
あっ、もう帰っていいの!
「待ちな、そこの道行くお嬢さん」
考えてみればこれ、妹を強化する名目で旅できるくね?
だったら――
「おいおい無視かい? 困ったお嬢さんがいたもんだ」
黄泉に到達、もしくは創造を同時に進行できるんじゃないか?
この世界が現実となった今、知人の魂が消滅するとか嫌だからな。
それと妹を守るためにあえて六魔王レベル近くまで鍛えるってのも、実は中々良いアイデアなんじゃないか?
俄然気合いを――
「バリキチー! おーいバリキチー!」
「なに?」
さっきから道行くお嬢さんとかキザッたらしい寒気のする声が聞こえていたけど、あれおれの事?
「あんまし
「へーい。……後で謝っといてくれよ」
「バリキチの口から頼むぜベイベー。それともひとつ。サクッチのとこで泊ってくんない? いやー、厄災を城に置くとかないっす」
ああ、今日が命日だったのか。
異世界に来て享年二日目。
速いもんだな。
いや、来て一日目に死んだか。
ははは……、ごめん割と真面目に笑えない状況だわ。
とりあえず今は力を使いこなせるようにならないと。
「それとさ。バリキチ以外の六魔王を仲間にできると思う?」
「人間を動く血液パックとしか捉えていない奴らにか?」
驚いたよ。
あいつらリアルでも人間を血液パックとしか捉えていなかったからな。
真の恐怖って案外身近にあるもんだよ。
一番怖いのがそんな奴らでもなんか社会に溶け込んでいることなんだけど。
力を持った現在、奴らは完全に解放されたと言ってもいいだろうな。
「ほむほむ。一番話が分かる魔王が言うと説得力が違う。じゃ、後でメイドに部屋へ案内させるよ。ムッフフー」
なんだあのテルミのあくどい顔。
今にも陥れようとする気満々みたいな。
一体何を考えているんだ……。
手を振ってくるし。
嫌な予感が全身を駆けまわるのを感じつつ、おれはこの場を後にした。
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