妹と合流


 パンッ!!


 明らか殺意が込められているのが分かる、女性こと妹の一撃。

 不意を突かれたけど何とか反応が間に合い、おれは手のひらひとつで防いだ。

 下級のアンデッドなら浴びただけ滅される浄化の風が遅れて襲ってくる。


「いやいや話聞いて。なっ?」

「人の部下呪っといて話し聞け?  相変わらず脳に蛆湧いてんのクソガキが!」

「あれはあっちが悪いから!  ってか部下だっていうならちゃんと暴言吐かないよう教育すんのが筋だろ!」


 おれの言い分を無視して妹は拳を振るう。

 おれは避けるか受け流すかに全力を注ぎ、攻撃を加えないよう立ち回る。

 そんなことを露も知らないのだろう。

 妹の目は鋭くこちらを睨め付けており、確実に本気なのが伝わってくる。


「その暴言で感情的になる時点で十分ガキだわ!  せめて部下が傷ついた分は――!」

「その部下おれのバリルに向かっていきなり【メスガキ】って言ってきたんだぞ! 知らない兵士に!  逆の立場で考えてみろよ!」

「はぁ? そんなの……」


 妹の動きが徐々に弱まっていく。

 攻撃の手は勢いを失っていく。

 遂には一歩二歩、進んだ

 ところで妹は足の動きを止めた。

 眉を少しだけひそめ、疑惑の眼差しを向けてくる。


「マジなの?」

「マジマジ。確かあの神父っぽい人も聞いていたぞ」


 ジキルだっけ?

 あの時は確かまだ残っていたはず。

 嘘をつかれたら……まぁ二番目に辛い罰を受ける羽目になるだろう。

 疑心暗鬼といったところだろうか。

 妹はおれと目を合わさず、コツコツと足音を響き渡せながら扉の奥に消えて行く。

 それから数十分たった頃だろうか。

 妹がひとりで戻ってきた。

 妙にバツの悪そうな顔でそっぽを向いて。


「……悪かったよ」

「事情も聞かずにいきなり殴りかかるのはどうなんですか、妹さん?  一方面しか見ようとしないのは大人な対応といえるんですかね? そもそも頭を下げないのが真に大人の対応だと言えるんですか?」

「はいはいごめんなさいごめんなさい!!」


 ヤケクソ気味に謝罪の言葉を叫ぶ妹。

 言葉から反省の色が見当たらない。

 未だに目を合わせないし。

 腕を組んでなんか偉そうだし。

 妹は話しを切り替えるかのように、おれに人差し指を突き付けてくる。


「そもそも、何しに来たの!」

「キャラを男に変えるから、それを伝えに?」

「……できんの?」


 できんのって……出来るだろ。

 一度キャラ変更すると一か月は変えられない。

 けどおれはバリルを設計してから一度たりと変えていない。

 おれは妹の言っている意味が分からず首を捻る。

 すると妹は深い深いため息を吐いた。


「今来たとこってことね。とりま場所変えるよ。ここ埃っぽいうえに湿気臭いし」

「案外居心地は良いんだけどな」


 ……無視かよ。

 無言で方向転換した妹は出口のドアを開けた。

 おれはそんな妹の背中を追いながら上へ目指していく。

 そしておれと妹が六畳の部屋まで戻ってくる。

 隅の方では先ほどの兵士の人とジキル、その他数名の兵士が固まっていた。


「サクヤ様! そちらのガキは……」


 懲りずに口走った兵士の人におれは睨みをきかせる。

 今度の妹は兵士の人をフォローしなかった。むしろ、


「同じミスしても助けないから。それと子どもに負けたうえ、部下まで危険に晒したお前。三月間ソロで【聖水晶の泉】に籠って来い」


 なんて目で指図して兵士の人を震え上がらせている。

 あそこそもそもソロじゃ絶対に倒せない魔物いなかったっけ?

 クリスタルユニコーンっていう。

 討伐には女性必須とかいう謎の制約もあったよな?

 まぁいいや。

 おれはジキルと呼ばれた神父風の男に、倉庫から取り出した回復薬を投げ渡す。


「これ傷つけたお詫びです。どうぞ」

「これはご丁寧に。ですがご安心を。既にサクヤ様の手で完治しておりますので」


 ジキルは柔和な笑みを浮かべながら、「けれどこれは貰っておきましょう」と懐に仕舞いこんだ。

 ちなみにこの AWI 世界では、アンデッドも回復薬を使うことができる。

 一昔前にプレイヤーの間では名の知れた調薬師の手で生み出され、全国各地へレシピが広まっていったという流れで。

 そんなことはさておき、ようやくおれは再び日を浴びる。


「自由だぁ!!」


 頭上に広がる鮮やかな青い空。

 流れる様に移動する白い雲。

 そしておれの気分は刑務所から出てこれた元受刑者の気分ッ!

 ……なんて、実際容疑者だったんだけどな。

 おれは忌々しい太陽の光に今日だけ感謝しつつ、腰を捻るなどして解していく。


「で、キャラメイクできないってどういうことだ? いも――」


 突然妹はおれの口に手を覆いかぶせてきた。

 ゲームキャラ故か口や目元など端整になった顔を近づけてくる。


「お前、間違っても人前で妹とか言うなよ」


 非常にドスの効いた低い声。

 身内にアンデッドがいるのはまずいから、その体裁という奴だろう。

 おれは何度も首を縦に振る。

 それを見た妹はようやく手を放してくれた。

 人前を気にしたような、妙に気持ち悪い人当たりの良い笑みを浮かべ、優しい声音で言う。


「じゃあ私のお家でお話をしよっか」

「お、おう。……気持ち悪っ」

「今なんつった?」


 楽しげな口調で妹は言う。

 ニコニコ笑みで拳を握り、額に若干の筋が浮かんでいるような気がする……。

 あふれ出る気迫が隠せてないぞ妹よ。

 秒で本性を表すなら止めればいいのに。

 もうおれの目的は達成されたんだし、このままどっか行っても良いと思うんだけどなぁ。

 まぁいいか。

 最後まで付き合うとするか。

 せっかくだし。

 こうしてなぜかおれは、この世界の妹の家に行くことになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る