第9話〈情報と模索〉

 世間は全国の火山が活発になったという話題で持ちきりだ。


 都庁の地下、神無殻の司令室にて。

 パソコンやスマホを駆使して情報を集めていた月夜は、いつも着ている和風の羽織を脱いで、白のブラウスにフルレングスのパンツといった格好で、千桜が用意してくれたみたらし団子を頬張りつつ、お茶をすすって唸る。


 仮眠室の掃除を終えた千桜が、いつもの軽装姿で、長い髪を揺らしながら凛花を連れて戻ってきた。

 思い悩む月夜に顔を寄せて話しかけてくる。


「どうかされましたか」

「千桜ちゃん、これ見て」


 タブをいくつか開いて集めた画像を見せた。どれも噴火口の衛生写真であるが、マグマが蠢いている様に見える。

 千桜は眉ねをひそめて写真を眺めつつ、月夜に疑問を投げてきた。


「これは、フェイクニュースではないでしょうか」


 そう言うと、顎に手を添えて瞳を細める。

 月夜は口元をゆるめると、画像の一つを指さして顔を振った。


「嘘じゃないですよ。つい先程異変を感じたと思ったら、次々に情報が寄せられて」

「神無殻の皆さんからですか?」

「ね〜何のお話?」


 凛花が目を輝かせながら背筋を伸ばす。

 ボーイッシュな子だけれど、千桜が用意したワンピースを着込み、頭には花柄のカチューシャをしているので、すっかりお嬢様にしか見えない。

 月夜はたまらない気持ちになって凛花をだきしめる。


「なんっっってかわいいいいのお〜〜〜〜っ」


 ぎゅうぅうううううううっ!!


「わっ! く、くるしいよお月夜!」


 凛花が手足を暴れされて叫ぶが、月夜は離す気にはなれず、腕の中に抱いたまま膝の上に乗せる。

 そうなると、凛花はパソコン画面に釘付になった。

 月夜はその頭を撫でながら、千桜に神無殻の武者達から情報を集めるように指示をする。

 千桜は頷いて丁寧にお辞儀をしてから立ち去った。

 膝の上の凛花が頬を膨らませる。

 月夜は苦笑をもらして凛花の頭を撫でた。


「凛花ちゃんは私とお留守番です」

「凛花もいきたい! なんでだめなの?」


 月夜は口元を引き結び、顔を振る。

 胸中は憂いで溢れていた。

 凛花はパソコンの画面を見つめて黙り込む。

 しばし空調の振動音と、二人の呼吸音だけが響く。

 月夜は、凛花を見ていると、胸がしめつけられるような感情を抱いていた。

 なんとなく昔の自分と重ねてしまう。

 孤独を受け入れられなくて、あたたかな日常を忘れられなくて、どうにかしようと一生懸命に動く。

 影で神無殻のサポートがあったとはいえ、何年も一人で夕都を捜した事実を思うと、なんとも切なくなる。

 凛花の髪をすいて優しく声をかけた。


「あなたの気持ちは分かってる。でも、危ない目にはあわせなくないの」

「……月夜」


 凛花は目をまんまるにして微笑むと抱きついてきた。そのまま抱きしめると、やがて穏やかな寝息を立て始める。

 月夜は凛花を起こさぬよう、片手でパソコンのキーボードをたたいて、リアルタイムの情報の検索をすすめた。


 全国各地の火山の様子を確認していると、ふいに軽快な音が響いた。

 激しい琴の音が、スマホに着信を告げている。

 表示名を見やり、月夜は声を上げて応じた。



「岸前刑事、お久しぶりですね」

『月夜様、遅くなりました』

「いいえ! むしろご負担ばかり増して申し訳ないです。状況はどうですか?」


 岸前は一瞬の間の後、淡々と話し始める。

 岸前のような神無殻に協力する刑事達は、互いに情報を共有して、まとめ役が月夜に報告をするのだ。

 彼らは冨田達の動きを監視しているが、月夜の指示がない限り、警察官部の命令には従わない。

 件の弓道部の生徒と顧問の先生の様子を訊いて、長い息をつく。

 岸前が電話越しに申し訳なさそうに言った。


『久山の件は、一瞬の隙をつかれてしまい、言い訳のしようもありません』


 月夜は顔をふり、岸前を労う。


「私達の無茶な要望に答えてくださる岸前刑事には、とても感謝してます、本当にありがとうございます」


 心を込めたお礼に岸前が息を呑み、たどたどしく返事を返す。


『あ、いえ。その、我々はあくまでも協力関係というだけで……権限がないのが、もどかしい限りで』  

「岸前刑事」


 岸前のことは、彼が幼い頃からよく知っているので、その性根はなんとなく理解できているつもりだ。

 脳裏には、いつも上司と揉める姿が思い浮かぶ。

 今度はこちらの状況を話し、龍脈が刺激された可能性を伝えた。

 話し合う最中、パソコンのメールに受信があり、開いて見れば、朝火からである。内容を確認して、岸前と共有した。

 岸前は声を張り上げる。


『まさか高野山とは』

「あの場所は、レイラインにとっても重要な方がいらっしゃいますから。それに、朝火と夕都にとっても縁深い場所ですし」 

『二人ならば、龍脈を鎮められるでしょうが、一度起こされた火山は、止められない』


 憂いを含む声音で呟いた岸前は、言葉を止めた。


 久久能智の聖木は、大内明珠と、厳島神社の神職たちが厳重に守っている筈だが、観光目的で訪ねてくる人々でも自由に触れられるため、実質上、無防備はだはだしい。

 古は、神聖な場所として崇められていたのだが、それだけ人々の信仰心は薄れている証であろう。


 月夜はふいに視線をパソコンから外して宙を見据えた。



 岸前と通話を終えて、一休みしようかと背伸びをする。

 先程膝の上から奥のソファに寝かせた凛花の様子を見に行くと、異変に気づく。

 ソファがもぬけの空だ。

 月夜は毛布を剥いだり、テーブルの下、テレビの裏などこまかな所まで確認するが、途中で我に返り頭を振る。


「猫じゃないんだから!」


 深呼吸して自分を落ちつかせると、腕を組んだ。

 ここは地下五階に及ぶ場所。

 出入り口付近には、自分がいたのだから気付けない筈がない。

 顎に手を添えて、さらに考えを巡らせた。

 お手洗いに行った気配もない。


 ――ならば。


 月夜は通気孔に目をつけた。



 真っ暗闇を、凛花は進んでいく。

 肘と膝が擦れて痛い。

 鼻がムズムズして、くしゃみがでそうだが、唇を噛んでこらえた。


 ――いま、くしゃみしたら危ない。


 部屋からまだそう離れてはいない。

 先程、月夜が誰かと話していた会話内容を聞いた時、ある剣の名を口にしていたので、思い出したのだ。


 ――前にボク達に指示してきた男が言ってた。


 “草薙剣の形代”


 凛花は頬が緩んでしまう。


「早く夕都に持っていってあげたいな」


 通気孔はやけに長くて、呼吸がせわしなくなり、頭がぼんやりしてきた。

 目を大きく瞬いても、なかなかすっきりしない。

 全身に力を込めて、どうにか突き進む。ようやく風を感じて目線を先へ移せば、まぶしさに瞳を細める。

 凛花は目と口を大きく開いた。


「出口だ!」


 さらに手足に力をいれて這いずり、ようやく脱出をはかれた。

 地面に着地した時、はたときづく。

 出口の蓋はあけられていたのだ。

 凛花は両手を広げて硬直する。

 背後に人の気配がした。


「……だ、だれ」

「凛花ちゃん捕まえた!」

「きゃ〜〜〜!」


 月夜がくすぐりながら抱きしめてきて、凛花はたまらずに身をよじって笑い転げた。


「やだやだくすぐったい! つくよ、やめて〜〜」

「やめてほしかったら、どこにいくつもりだったか、いいなさい〜〜〜!」

「いうからやめてえええ〜〜!」


 やっと月夜がくすぐり攻撃をやめてくれて、凛花は床に転がって息を整える。

 正直に打ち明けると、月夜は顔を曇らせて瞳を伏せてしまう。


「どうしたの」


 凛花は起き上がり、月夜の顔を覗き込む。

 月夜はほうけたような顔つきで宙を見つめていたかと思いきや、急に目を開いて明るい表情を浮かべた。


「凛花ちゃん、形代の意味はわかる? できれば草薙剣そのものが使えたら良いけど、それはできないの。もしかしたら形代ならもう一度、使えるかも」

「ほんと?」


 月夜が身をかがめて凛花を抱きしめた。

 身体をつつみこむ温もりに眠気が襲う。月夜の腕を掴み、どうにか口だけは動かす。


「つくよ、ぼく、どうしたらいい」

「あなたの気持ちはわかったから、少しの間眠っていてね」

「うん」


 眠りたくはないが、月夜の声が優しく頭の中に響いて抗えない。

 凛花は月夜の腕の中で、ゆっくりと瞳を閉じた。



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