咲いてくれ夜香蘭

十余一

咲いてくれ夜香蘭

 カラスの鳴き声が聞こえてきたので一息ついて、私は額の汗を拭いました。緑と花に溢れた職場で、賑やかな声をBGMに今日も今日とて愛情を注ぎ育てています。


 私が担当するうねでは、千寿菊せんじゅぎく瑠璃蝶草るりちょうそうが花開きました。濃く鮮やかな橙色も瑞々しい青色も美しく輝いています。丹精込めてお世話をして、やっとここまできたのです。でも、これでは一人前とは言えません。


 隣の畝を見ると、先輩が育てた花が見事に咲き乱れています。凛と上向きに咲き誇る白の風鈴草ふうりんそう、可愛らしい桃色が連なる二角草にかくそう。そして極めつけは堂々とした姿を魅せる紫の夜香蘭やこうらん。なんて素晴らしいのでしょう。うっとりと眺めてしまう至上の花たちが並んでいました。



 どうしたら先輩のように上手に栽培することが出来るのでしょうか。私は秘訣を聞くべく質問をすることにしました。

 先輩はやすりで削っていた手を休め、少し考えてから答えてくれます。


「うーん。丁寧に時間をかけて、じっくりやることかな」


 そうして下準備の大切さを説いてくれました。入念に苗床となるものを整えてこそ、私たちの努力は実を結ぶのだそうです。私のやり方は少し勢い任せで雑だったように思えてきました。勉強になります。


「あとは、虫の力を借りるのも良いかもしれないよ」

「虫、ですかぁ……」


 正直、虫はかなり苦手です。小さな体でうねうねと動き、這い寄ってくる。何を考えているのかよくわからない生き物です。しかしこれも清く正しい花を咲かせるため! 私は「よかったら、これ使って」と先輩が渡してくれた瓶を抱え、自身の担当する場所へ戻りました。



 すると、苗床になっている者が手を伸ばし、私の足首を掴んできたではありませんか。その頭には刺々しい葉で全てを拒絶するようなあざみの花が咲いています。花言葉は確か、「報復」でしたか。

 亡者は何かを喋っているようですけど、苦痛に歪みただのうめき声にしか聞こえません。まあ薊を咲かせている人が言うことですから、どうせ恨み言か何かでしょう。


「私にすがったってどうにもなりませんよ。それよりも、生前の行いを悔いてくださぁい」


 見事に咲いた薊の花を引っこ抜き、先輩から借りた針口虫しんくちゅうを亡者の肌に這わせました。こうして肉体を傷つけ、そこに種を蒔き育てるのが私の仕事です。

 根を抜いたときの悲鳴に負けず劣らずの喚き声を聞くに、虫の効果は絶大なのでしょう。針のように固く鋭い歯でどんどん肌を耕してくれています。


 この男は現世で悪事を働きました。くだらない反抗心で目上の者に嘘を吹きこみ陥れ、更には無関係の者に濡れ衣を着せようとしたのです。犯した罪はあがなわなければなりません。


「ちゃぁんと反省して、次は夜香蘭を咲かせてくださいね」


 私が働く場所は受苦無有数量処じゅくむうすうりょうしょねたそねみに心を蝕まれ、嘘をついたり悪口を言ったりした罪人が落ちてくる地獄です。

 亡者を責め立てるのも、何も楽しんでのことではありません。私たち獄卒は罪を償ってもらいたい一心で、こうして日々反省を促しているのです。


 亡者から生えた豊かな植物に囲まれ、呻き声や悲鳴が絶えない賑やかな職場で私は働いています。




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