第40話 満員電車③

「どういう関係って、お前こそあの男とどういう関係なんだよ!」


 目の前で姉ちゃんのことをあの女呼ばわりしたこいつのことを許せず、僕はむきになってそう言っていた。


「あの男っておに――あの人のことをそう言われる筋合いないんだけど?」

「おまえこそ!」


 小柄な少女の顔が真っ赤に燃える。

 最初に喧嘩を吹っかけてきたのはそっちだった気がするんだけど。


「へぇ、そんなこと言っていいんだ」

「なんだと?」


 少女が小馬鹿にしたような笑みを浮かべる。

 この子、なにか、僕の秘密を知ってる?

 いや、今日初めて話したはずだし。

 もしかして――


「お前、姉ちゃんになにか――」


「……うっ。へぇ、そうなんだ。あの人、君のお姉さんなんだ」


 ニヤニヤと余裕そうな笑みを浮かべる彼女を見て、僕は姉ちゃんのことを告げたのを後悔していた。


 そういえば、ある本でこう書いてあった。

 優位に立つためには、弱点を先に握ること。

 この子は、姉ちゃんのことが気になってたはずだ。


 そして、あの男の彼女。

 つまり、僕を脅し材料にでも使って、姉ちゃんとあの男を引き離すつもりか?

 いや、僕はただ姉ちゃんのために、彼氏かどうかを知りたかったんだけど……。


 まぁいいや。どちらにせよ、この子が彼女か、彼女じゃないかを確かめないと。

 そして、姉ちゃんに幸せになってもらうんだ!


「それがどうした?」

「君のお姉さんがさ、私の彼氏を取ろうとしてるんだよね」


 やっぱり、あいつの彼女だったんだ。

 かわいそうな、姉ちゃん。


「……それは悪かったな。姉ちゃんに伝えておくよ」


 もう用は済んだ。

 ……妹だったら良かったんだけどな。


 そう思いながら僕は、この子から離れるために到着した駅で降りようとした。

 ――そのときだった。

 さっきの少女に急に手を掴まれた。


「ねぇ、君は悔しくないの?」


 何を言われたのか意味が分からなかった。

 悔しくない?

 確かにこの子がいたせいで姉ちゃんが幸せになれないことへの悔しさはあるけど。


「どういう意味だ?」

「お姉さんが自分を見てくれないことが悔しくないかって聞いてるの!」

「は?」


 本当に意味が分からなかった。

 姉ちゃんが自分を見てくれることは嬉しいけど、自分たちを世話してくれた姉ちゃんだ。そんなシスコンみたいな――


「本当のことを言っちゃうとね。私はあの人の彼氏でもなんでもない! ただの妹!」

「妹? 彼氏じゃないのか?」

「そう、ただの妹よ、悪い?」

「悪くはないけど、だったら――」


 なんで嘘を吐いたんだ、と聞こうとしたけれど、その言葉は遮られた。


「わたしはさ、お兄ちゃんのこと誰にも取られたくないの」


「は? そんなの普通じゃ――」

「普通じゃなきゃ何が悪いの?」

「……何も悪くないけど」


 現代ではそういう人もたくさんいるとは聞いたことがある。

 差別は良くない。

 だけど――


「なぜ僕に妹だってことを打ち明けたんだ?」


 打ち明けなければ、このまま――


「私はあなたがあの人の彼氏だと思ってたの! だから話しかけて、お兄ちゃんとくっつけないようにしようとしたのに」


 そうか、僕が弟でこの子が妹だったら、姉ちゃんたちは付き合う可能性がある。

 この子はそれが嫌なんだ。

 でも僕は姉ちゃんのために――


「ボクは姉ちゃんとあの人を――」

「ほんとに言ってるの? 自分の方が幸せにできると思ったことはない?」

「それは……」


 今、勉強を頑張っているのも姉ちゃんのためだ。姉ちゃんを楽にしてあげて、何でもしてあげたい。

 それでも――


「それでも――」


「そうなんだ。君は抗っちゃうんだね」

「何言って――」


「だったら私が、君の本当の思いを気付かせてあげる!」

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