第12話 終業式

「もうしばらく会えないんだよな」 


 明日から夏休みが始まろうとしている炎天下の夏。


 最寄り駅の改札を通り、定位置になりつつあるホームの中央、黄色い線よりも少し内側、電車を待っていた数メートル隣で、女の子がスマホを見ていた。


 時刻は七時一〇分。

 

 ミンミンとセミの鳴き声が響く中、汗が滴り落ちた。

 何か調べものでもしてるのかな。

 

 いつもの黒猫のブックカバーがかけられた本を持っているようには見えない。

 

 もしかして熱いから電子書籍に切り替えた?

 だとしたら、何を読んでいるのか分からないんだけど――。


 もう一度、彼女に視線を向ける。

 最近少しだけ目が合うようになったが、今日はスマホに集中している様だった。

 何してるんだろ。

 少し気になる。

 ただ――。


「これじゃあ話しかけられないじゃん」


 今日は終業式。

 明日から夏休みだ。


 文化祭の劇の練習のために、学校には行かなきゃいけないから、定期券は買っているけど、彼女が同じ時間の電車に乗るか分からない。そもそも、部活をやっているか分からないから、夏休みにこの駅に来るかもわからない。


 だから、何かない限りは、一か月以上、彼女と会うことがないのである。


 どうしよう。

 昨日の放課後、会えなくなると気づいて、図書館で夏目漱石の本は借りておいた。


 後は話しかけるだけなんだけど、スマホを見ていたら無理だ。


 友達とのLINEや電子書籍を読んでいるだけだったら、まだいいかもしれないけど、ゲームしていて止めちゃったら、気まずくて何も言えなくなる。


 もしそれがクリア寸前のところだった場合、一生話せない気がする。


 それでも、今日しかないんだよな――。


 スマホをポケットから取り出して、時間を確認する。

 七時十三分。

 あと、二分経ったら電車が来てしまう。


 もう諦めるしか――。


 あれ、スマホ見てない?

 彼女がスマホを鞄に入れようとしていた。


 今しかない。

 今日はやるって決めたんだ。

 だから。

 鞄に入れていた、借りていた本を取り出す。

 震えが止まらない体を抑え込むようにして一声――

  

「あの――」


 え?

 話しかけようとした瞬間、彼女はまたスマホを見ていた。


 少しだけ視線が合ったが、彼女は首を振って「?」とした表情を浮かべた後、何もなかったようにスマホに目を向けてしまった。

 

 ……どうして。

 もう少しで話せるかもしれなかったのに。

 何か、重要な調べ物でもしてたのかな。

 今日はもうやめておこう。


 三学期からも彼女とは会えるはずだ。

 取り出していた本を、ゆっくりと鞄に入れる。

 今日も彼女と話せなかった。


 電車が来るまで何をしよう。

 話をすることを決めていたため、今日はラノベを持ってきていなかった。

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