第9話 彼氏持ちと冴えない彼女

「おはよう、唯葉ちゃん」

「おはよう、綾香」


 クジ引きで勝ち取った窓側の一番後ろ、自分の席に着いた瞬間、クラスメイトの藤本綾香が声をかけてきた。陸上部のエースでいつも誰でも声をかけている、ショートの髪が似合う女の子だ。


 綾香とは合格発表を見に行った日に偶然出会って、クラスメイトになってからもよく話している。


「今日はなにかあったの?」

「欲しい本がいっぱい手に入ってね、これ見てよ」


 見せてきたのは男子がくんずほぐれつしている、いわゆるBL本だった。


「唯葉ちゃんにはこれを進呈」

「ありがとう」

「これでもっと同志に近づくね」


 ありがたく受け取って、他の子たちには見られないようにすぐに本を鞄にしまう。

 彼女が同志と言ってきているけど、私はもちろんラノベ一筋。


 腐ってなんかないよ、ないよ?

 ただ、出会い方が悪かったんだよね……。

 

 合格発表当日、合格が分かった私は、家に帰ろうと校門を出た。

 瞬間。

 重そうな袋を持って走って来た、私服姿の綾香とぶつかってしまったのだ。


 袋からは本が散乱。

 周りはBL本だらけだった。


 本を全部拾ってあげて手渡したら、綾香は林檎のように顔を真っ赤にして。


「違うの、これは、そう、弟、弟に買ってきてほしいって言われたの!」

「BL本を弟くんが、ね」

「う、うん、そう。弟も読むんだよ」


 あたふたしながら、綾香はまだ続けていたっけ。


「このカップリングが良いとか言って、自分で試そうとしたり」

「自分で?」

「あと、――って、ごめん、嘘ついてた。弟なんていないんだ」

「そっち⁉」

「だからこれ全部、わたしの」


 落ち込みだす綾香に。私は背中をポン、ポンと叩いて励ましていた。


「引いたよね?」

「引かないよ」

「……え?」


 中学校にいた友達にもそういう作品を読んでいる子がいた。

 それに。


「私もこういう本読んでるからね」


 鞄からライトノベルを取り出して綾香に見せる。


 今日持って来ていたのは、ちょっとえっちなラブコメディだったりする。下着を落としたシンデレラを探す、アニメ化もされた作品だ。


 表紙を見て安心したのかな。

 彼女は私の手をギュッと握ってきた。


「同志を見つけたよ」

「ちょっと違わない?」

「BLもライトノベル? も同じだよ」


 同じ、同じ、と繰り返してくる。

 全然違うと思うんだけどなぁ……。


 今日はこんな作品だけど、ラブコメとかファンタジーとか、特定のジャンルに絞っているわけではない。


 面白かったらなんでも読んじゃうんだよね。

 評判がいい作品は教えてもらったら、その日に読んで、次の日には感想が言えるようにする。


「じゃあこれあげる」


 はい、と手渡してきたのは、さっき持っていた作品よりも厚めの本だった。


「その作品はね――」

 

 というわけで、私は彼女から同志と呼ばれている。


「この前の本、読んでくれた?」

「ごめん。まだ読んでない、今度読むね」


 ニコッと笑顔で綾香を見る。

 ラノベの最新刊を読んでいたなんて、素直に友達に答えられるわけないでしょ?


「どうせ、またラノベ読んでいたんでしょ? わかってるよー。ほんとキョウくんと同じ、嘘つかなくてもいいのに」


 むっと頬を膨らませる綾香。


「彼氏さんと一緒にしないでよ」


 彼女には長瀬恭一さんという年上の彼氏がいるらしい。

 見たことがないから疑ってはいるんだけど、仲睦まじいカップルみたいで、この間も遊園地でデートしている写真を見せてきた。


「ごめん、キョウくんとすっごく似てるから、つい」

「ついじゃないよ」


 えいっ。頬をぐりぐりしてみる。

 彼氏がいるなんて、うらやましい。

 私も、彼といつかは、そうなったら。


「ねぇ、綾香。どうしたら男の子と会話できると思う?」

「……ふへ、会話できる方法?」

「そう、今少し話したい人がいるんだけど、話しかけられないの」


 綾香に事情を説明する。しかし、


「ごめん、今はちょっと答えられないや」


 やっぱり、急には無理だよね。


「じゃあ、今度また聞くね、そのときまでに考えておいて」

「うん、じゃあ本も読んでおいてね」


 ……それは、断りたいけど。

 私は彼と会話するために腐ることを選んだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る