同じ電車に乗る少女に気づいてもらいたい!
結城瑠生
第1章 発展しないラブコメ
第1話 気づかない二人
「もしかして、バレた?」
すでに梅雨が明け、もうすぐ夏が始まろうとしている高校二年生の春。
最寄り駅の改札を通り、定位置になりつつあるホームの中央、黄色い線よりも少し内側、電車を待っていた数メートル隣で、女の子が文庫本を読んでいた。
時刻は七時一〇分。
普通電車しか停まらないこの駅は、この時間帯にはほとんど人がいない。通勤ラッシュは車内だけで、今も彼女以外はベンチに腰を掛けている老人が一人だ。
いや、気づいていない、そうに違いない。
ブックカバーがかけられた文庫本は、手の汗で布の色がうっすらと濃くなっていた。
顔の前に本庫本を近づけながら、視線をそっと彼女へと向ける。
隣で本を読んでいる女の子。
四月からこの駅で見かけるようになったので、年は多分、一つ下の高校一年生。
青のリボン、チェック柄のスカート。小柄で、ゆったりとした黒髪。黒猫のアップリケが施されたブックカバーを持って、時折みせる笑顔が可愛らしい。
気づかれてないよな?
もう一度、彼女に視線を向ける。
一枚ページを捲っている最中で、こちらには目もくれず、本に集中している様だった。
まぁ、そうだよね。
俺は彼女のことが気になっていた。
だって、そうだろう?
毎朝、同じ女の子が隣で本を読んでいるんだ。
目を合わせたことは一度もないけれど、ちょっとした運命かもって思わない? だから俺は、いつか彼女と話すために本を読むことにした。
だけど――
これ、ラノベなんだよね。
一回、彼女が男の人とぶつかったことがあった。そのとき、落とした本を拾って確認してみたけれど、純文学だった。
それも少し厚めの。
彼女がいる級友に質問してみたが、純文学を読んでいる女の子で、ラノベを好きな人は少ないらしい。
話ができると思って、少しだけ太宰治に挑戦してみたが、難しすぎて手に負えなかった。クセが強すぎてキャパオーバー。
テンポがよくて、挿絵もあるラノベの方が、分かりやすくて、合っている気がする。
今もヒロインが――え? この子と恋人になるの!?
主人公とモブキャラが恋人になるなんて予想できるか。予想外過ぎて、笑みがこぼれそうに――。
あれ、今、こっち見なかった?
彼女が僅かにこちらを見ていた気がした。
気のせい?
正直今読んでいる本がラノベだとバレると、非常にまずい。ちょうど今は挿絵のページ。
挿絵のページの前後は展開がそれほど進まないので、人がいるときはいつも読み飛ばしている。もちろん、家に帰った後で読み返すが……。
けれど、今回は迂闊だった。
モブキャラと恋人になる、そんな展開があるなんて予想できない。続きを挿絵も含めて早く読みたくなってしまった。
ブックカバーをかけているからバレてはいないとは思うけれど……。
彼女を横目でしっかり確認する。
おっけー、せーふ。
まだ本を読んでいた。
気付いている様子はなかったので、胸元で小さくガッツポーズをする。
気付いてほしいと思ったことは何度もあるが、まだそのときじゃないはずだ。そもそも、気づかれていたとして、会話ができるかわからない。
女子に声をかけられただけで、逃げ出したくなる。
「まもなく――」
もう電車がやって来る時間なのかよ。
電車の中でも話しかけることはできなくないが、恥ずかしくて、いつも違う車両に乗ってしまう。
今日も彼女と話せなかった。
電車が来るまで本の続きでも読んでおこう。
あ、このシーン面白い。
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