第6話 新たなる任務③


 ※交合を示す内容(通常より度合い高め)があります※

 



 私に質問を投げかけたジハイト様は、エメラルドの瞳を光らせ、こちらの様子を窺い始める。

 

 理由を口にしてもよいのだろうか。

 いつも楽観的なジハイト様が珍しく、笑みを浮かべながらも警戒しているかのような動きを見せたことから、私は回答するのを躊躇った。


 なぜ、ジハイト様は沢山の女性を囲み遊ぶことができるのか。

 

 その理由は、ジハイト様が衝動リビドーを抑えることのできない異常性格を持っており、薬物や術式などの対処療法を用いても、それを制御することが不可能であるため。

 衝動を抑制し続けた場合、器物を破損する行為や誰彼構わず危害を加えるなど、全く手がつけられない状態になってしまう。

 許容量を超えた際に破裂する、貯水庫のように。

 内包されていたもの情動が激しく流れ出て、止まらなくなるのだ。

 つまり。

 ジハイト様を自由にさせる所以は、ジハイト様が持つ衝動リビドー欲求を上手く抑え、王宮内に平穏な状況を作るためである。

 

 

 …………というのが表向けの理由で、実の所は、ジハイト様の身体的特徴が関係している。


 

 子を成すことができない。

 

 ジハイト様は無精子症を患っているのだと、私は王太子妃になった際に知らされた。

 その病は、最高峰の治療を施しても治すことのできなかったもので、ジハイト様が王位継承権を失う決定打になったと言われている。


 世継ぎを成す。それを絶対的に課せられている、セーグ国の王族。

 その第1子となる王子が子を成せないという事柄は、王族内で大きな混乱を起こしたことだろう。

 本来ならば。

 秩序を乱すことを嫌い、争いを避けるよう統率している国王が、継承権争いに発展しそうな条件多くの女性と関わりを持つや周囲から批判を受けるであろう公務の放棄を許可するはずがない。

 

 ジハイト様の体質に惻隠の情を示したのか。

 それとも。

 ジハイト様は、本当に、衝動リビドーのコントロールが難しい性質を持っているからなのか。

 はたまた、別の何かがあるのか。

 

 正確な理由はわからないが、ジハイト様が自分勝手に振る舞うことを許可したのには、なにか相当な事があったと推測できる。

 人目に触れない離宮での生活を与え、“遊び”は秘密裏になるよう手筈を整える。

 そのような条件付きであるとはいえ。


 

 『周囲へはもちろん、本人に対しても口を固く閉ざすよう願います』


 ジハイト様のを聞いた際、身内王族だけが共有している内輪の話である旨を、私は宰相から言い渡されていた。

 そういった点と、精神的なダメージを与えるような発言は避けたほうが良いと思った点。

 それら2点から、私は、ジハイト様から受けた質問への回答を躊躇ったわけなのだが。

 


「もっしも~しぃ。もしかして、理由知らなかったぁ〜?知らないなら知らないって、はっきりちゃんと、わかるように言ってくれないとぉ」

 

 不敵な笑みを浮かべながらこちらを見つめ、発言するよう促してくるジハイト様には、そう言った配慮は不要のようだ。



「……ご病気だから、ですよね」


「も~。はっきり言ってって、言ったのに〜。あ、子種がないからとは言い辛いって~?あはははっ。それをハッキリ言えないなんて、王太子妃として、まだまだだね~。まさか、哀れに思ったとか~?僕、な~んも気にしてないし、言っていいって言ったよ~?」


 声を上げ愉快に笑うジハイト様は、こちらの心意を確認するかのように、私の両眼を捉えたまま離さない。

 

 私を試して遊んでいる。

 それがわかる行動や先程からやけに瞳を見つめてくる動作は非常に不快なのだが、体の動きが鈍くなっている私は牽制するにらむこともままならない。

 身体を上手く動かせない私が、ゆっくり視線だけを傍に逸らすと、ジハイト様は「ははっ」と笑った。


 

「まぁ、そういうわけだからぁ、僕とシテも身籠る心配はしなくていいよ〜。病気とかトラブル防止の避妊具準備はするしぃ、念のための避妊薬も何回か飲んでもらうけど~。それも、ただクソマッッッズイ薬を飲まなきゃいけないだけっていうねぇ。まぁ、イヤイヤ言いながらそれを飲んでる様子とかぁ、それを飲んでまで僕とシタイってなる在り方が、可愛かったりするんだけどさぁ〜!」


 痛快無比と言える状態のジハイト様に、私は唖然失笑する。


 驚愕的な“任務”について話をしている中、愉快そうに関係のない発言をする意味が、私には全く理解できない。

 ジハイト様の趣味嗜好など知りたくもなかったし、先程からの試し行動といい、ジハイト様にはやはり嫌悪感が湧く。

 私がジハイト様を軽蔑する最もたる理由。

 それは、こういった不快感を与える言動をする点だと改めて認識した。


「はぁ」

 

 口を慎んで欲しい。

 嫌悪の意味を込めた溜息を吐き、今できる最大限で軽蔑の眼差しを向ければ、ジハイト様の表情から笑みが消えた。

 そうして、真剣な顔つきをしたかと思えば、頭を左右に振りながら「はぁ~~~~~」と長めの溜息をつく。


「誤解されがちだけど~、僕、女性なら誰でも良いってわけじゃないんだよねぇ。女性を愛でたり抱いたりする時は、僕の好みだったり、大事にできると思った女性しか手を出さないの~。君みたいにツンツンした拗らせタイプは、愛でたいと思えるタイプじゃないんだよね〜」


 後ろに倒れ込む形でミルク色のソファに寄りかかったジハイト様は、両腕をソファの背もたれに投げやった。

 続けて、ソファに体を預けながら足を組む。

 陽気だった先程までとは打って変わり、ジハイト様の様子は、惰気満々なものへと変っていった。


「なによりさ、君レオンとしてるじゃん〜?身内、しかも、生意気な弟の手がついた女性とするなんて、本来なら絶対勘弁〜っ」


 舌を出し、嗚咽するような仕草をみせるジハイト様。

 私が嫌悪感を示した事で、何かのスイッチを入れてしまったのだろうか。


「とはいえ、父上の命令じゃ逃れられないわけだから~、上手く切り替えないとねぇ。はぁ~~あ」


 ジハイト様の態度が惰気なものに変わってからというもの、御饒舌が止まらない。


「そうそう~。僕、こう見えてぇ、女性に関しては色々勉強してきたんだよね~。経験値もかなりあるしぃ、抱けば、なにが君に足りてなくて、どうしたらいいかのアドバイス、できると思うよ〜」


 1人、喋り倒すジハイト様。

 

「だけど、僕のポリシーは絶対に崩したくないわけ〜。

僕が指南する側なわけだし、僕の指示には従ってもらうからねぇ」

 そこまで話すと、ソファに預けていた体を起こし、口を閉じた。

 やっと話が終わったかと思うと、頤に手をやり、今度は舐めるような視線を私に向けてくる。

 

  容姿を詳しく確認している。

 そう感じ取った私は不快感を覚え、目を閉じるというせめてもの抵抗をした。

 

 しかし。

 

 虫が肌を這うような忌まわしい感覚は、視界を遮断していても私の身にまとわりついてくる。

 逃れられない不快な行為。

 それを受ける、ただソファに座ることしかできない私の内には、屈辱感と恐怖感が湧き上がってきた。

 

「ん〜、やっぱり、背格好はまあまあ似てるかぁ。ねえ、スルときは、プラチナブロンド色に髪の毛染めて、百合の香油つけてくれない~?あと行為の際は目隠しもお願いね〜」


 プラチナブロンドの髪。

 百合の香油。

 目隠し。

 聞き慣れた単語を耳にした私は、ゆっくりながらも目を見開いた。


「……それは、どういった了見です?」


 冷や汗が出始めた私に、ジハイト様はせせら笑った。


「僕さぁ、抱きたいと思った女性の中で、唯一彼女だけ抱けてないんだよね~。実際は色々違うだろうけど、こっちの想像力次第の話だから姿形が似てればなんとかなっちゃうんだぁ」


 色を失う話ばかり。

 それをする目前にいる人物は、人非人に違いない。

 嫌な予感がした私の脳裏に


「リリーに見立てて、スルってことだよ〜。君、体型はいいしぃ、リリーに似せることで、スタイル抜群のリリーを抱く気分になれるってわけ~」


 不敵な笑みと残酷な言葉が焼き付いた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る