第2話 “任務”遂行の夜①

※交合を示す内容が多数あります※



 陽が傾き、空が闇に包まれ始めた頃。

 私は、普段使用している本館からは距離のある離れへやってきた。

 建物の最上階1番奥、何の気配もないカーテンで覆われた薄暗い一室に足を踏み入れると、大人4人は横になれるであろう大きなベッドが目に入る。

 静かに入室しながらベッドまで向かい、枕元のスタンドライトに触れて明かりを灯した。

そして、耳を研ぎ澄ませる。


 彼はまだ来ていない。

 そう察知した私は、小さくため息を吐く。

 次に、大きなベッドの左端に静かに座り、腰を据えた姿勢に合わせ、着ていたガウンの端を整え直した。


 

 そうして何分たったのか。

 閉じられた分厚いカーテンの隙間から見えていたわずかな明かりが消え、部屋には小さなオレンジライトだけが残る。


 「………………」


 誰もいない静かな広範すぎる部屋で感じるものは、枕元の小さな薄暗い光と己の呼吸音のみ。

 視野に映るはどこまでも暗い景色。

 それは、瞼を閉じた時にみる色よりも暗黒に見え、1人分の呼吸音は耳を澄ませなければ消えてなくなってしまう気がする。


 この雰囲気は、まるで私の人生を表しているかのようだ。


 この先も、私は、明るい光が灯ることのない暗い人生を歩むに違いない。

 幸せが望めないのは、彼と婚姻を結んでから1年、身をもって体感してきたし、私の置かれた立場や環境的にも希望は見い出せない。

 今だって苦行の“任務”が待っていて、悲観に飲み込まれそうなこの空間にも、許可がでるまで居続けなくてはならなくて……


 「ふぅぅぅ」


 思わず漏れ出てしまったのは嘆声で、それにハッとした私は、慌てて自分の口を押さえた。

 彼には気丈に振る舞えるようになったが、やはりこの場所と任務に関してはなかなか慣れない。

 しかし、彼の前では、動揺した姿や涙する様は見せたくない。

 私がその姿を見せることでその場は不穏な様相となり、“任務”に支障をきたす。


 彼はいつここに来るかわからないのだから、この感情は早く隠さねば。


 沸き起こった感傷を押し込めるため、目を閉じ、小さく呼吸しながら胸元を掴む。

 そうして十数秒。

 私の気持ちが落ち着き始めた頃、背後からドアの開く小さな音が聞こえた。


 



 「……そちらにいらっしゃったのですね。そのようには感じませんでしたが」


 隣接している彼専用の個室から出て扉を閉めた彼に対し、私は振り向かずに語りかけた。


 「……………奥側で寝ていたからな」


 少しの間をおき、素気なく不機嫌な低い声が背後から返ってきた。

 寝起きかどうか定かではないが、彼から感じる不機嫌さは、寝起きという理由だけではないのを声色から察知する。


 月末になるこの時期の彼は多忙なため、本来ならば会うことすら叶わない。

 その忙しい最中、私側の都合で予定が変更となり、元々気乗りしないこの任務への呼び出しがかかったのだ。

 彼の機嫌を損ねている理由は、それだと推測する。

 

 「お忙しい中、予定を崩してしまったようで申し訳ありません。何分今回はいつもより早く兆候が現れたものですから」


 「………………」


 彼からの応答はないが、扉から離れ、こちらに向かって歩き出した気配がする。

 話しかけへの反応がないというのは肯定と同じ。

 彼は、不満を抱いている。


 しかし、今ある現状は仕方のないことだ。

 この“3日間、夫である彼と昼夜を問わず共に居ながら繋がりを持つ”という任務は、世継ぎをつくるためのものであり、予定は私の排卵日とその前後2日、妊娠しやすいとされる時期の3日間に設定される。

 そのため、毎月必ずしも同じ日に行う形にはならないのだ。


 「ふっ」


 彼の機嫌を背後に感じた私から、小さく笑いが漏れ出る。

 激務である公務の予定を狂わせてしまったことは申し訳なく思うが、月のもののリズムが崩れたのは私も想定外であるし、そもそも“3日間の任務”は、普段私と寝室を共にしたくない彼が決めた事。

 

 そんなに強く厭悪感をださなくたってーー


 小刻みに震えた体を抱き込むようにして腕を握りしめていると、いつにも増して強く感じる不機嫌さの在所が背後から真横へと変わった。

 同時、私は静かにそちらへと顔を向ける。

 視界に捉えた彼は、私の左横、大きなベッドの端に佇み、視線は下に向けたままだった。

 普段通り、こちらを見ようとはしないままの彼が静かに口を開く。



「……今回もいつもの通りだ。……事後は上手く過ごせ」


 いつもの通り。

 それは、交わりは1度、残り時間は仲睦まじく過ごしたと見えるように上手く過ごせということ。


  “任務”は、私たち夫婦のために設置されたこの特別室で、3日間、時間を問わず夫婦仲良く過ごすことが本来の形。

 なのだが、彼は嫌々、王太子の役目として世継ぎを残さねばならないと我慢して私を抱いているためか、1度しか交わろうとしない。

 そうして事が済めば、彼は今しがた出てきた隣の個室にこもってしまい出てこなくなる。

 私はというと、家具一式の揃った大きなこの部屋から出ずに、カーテンを閉めたままの薄暗い部屋でほぼ3日間を1人で過ごす。


 全ては、時間を問わず愛し合っている夫婦仲だと周囲に見せるため。

 中の様子が見えてしまうかもしれないカーテンを開けるという状況はもちろん、期間中はこの部屋から出ることや誰かを呼ぶことも許されない。


「わかりました。3日目の夜にわたくしが先に出て行き、殿下が仲睦まじく過ごした証拠を残してくださる形で間違いありませんね?」


 「……ああ」


 相手の方を見てはっきりと話す私とは対照的に、彼は私の方は一切見ず、話す声も小さく投げやりだ。

 関わるのが本当に嫌で仕方ない。

 そんな雰囲気を醸し出す彼を無言で見つめていると、彼から深いため息が漏れ出た。


 「なんです?」


 「……今回もその格好なのか」


 「ええ。闇に映える綺麗な姿形のほうが素敵だと思いまして。なにか問題でも?」


 言葉を発しているにも関わらず、こちらには目線をくれず嫌悪を漂わせる彼を見据え、私は不敵に笑ってみせた。

彼からの反応はない。


 「心配なさらずとも、この後は目隠しも致しますので。いつも通りに、いたしましょう?」


 茶鼠色の髪はプラチナブロンドに。

 普段は薔薇ベースにしている香油を百合がベースの清楚な香りにし、清く華やかなイメージを身に纏う。

 そうして交わる際は、終始目隠しをし、されるがままに。

 それが彼と交合する際の私のいつも通りだ。


 このような準備をすると、“私”として交わるよりも触れ合いに温かみを感じられる。

 それもそのはず。 

 

 今の私の様は、彼の愛しの想い人を想像させる姿なのだ。

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