2章ー10 同じ色の赤
私がサロンに入るとザックが手招きする。ソファに座るように促された。
そのソファには、すでにハリー様が座っている。
私が躊躇っているとハリー様はニコリと笑ってソファの空いている箇所をポンポンと軽く叩く。
これはここに座れってことだよね。
私は恐る恐るそのソファに座った。
私が座るのを確認してパルマが3人分のお茶とお菓子を用意してリリーを連れて退室した。
これでこの部屋には3人だけになった。
ザックもハリー様も私を見ている。
「こうしてみると本当に髪色が同じ赤だなぁ」
ザックが緊張感のカケラもなく頷く。
「どういうつもりだ?」
「どういうつもりですか?」
声が重なる。
私とハリー様はお互いを見やった。
ザックは1人爆笑してる。
「ここまで似てるとなんとも言えなくなるなぁ」
「ザック!!」
また、声が重なる。
思考パターンというか性格が私とハリー様はよく似ているように感じた。
私自身の性格は加賀美かすみ時代から変わっていないつもりだった。でも、今こんなにも重なる声に、こちらに産まれるときにこちらの両親の血からその性格も受け継がれたのかと感じる。
私は観念してハリー様に向き直る。
「ハリー様」
「ギプソフィラ」
同時にお互いの名前を呼ぶ。
私はもう笑うしかなかった。
ハリー様も笑っている。
私は手を前に出して「どうぞ」と小さな声で先を促す。
「ゴホン。ギプソフィラ、君はどうしてここにいるのかな?」
私は意味が分からず答えられない。
「私は何も聞かされずにここに来たんだ。扉を開けて目にした君にどれほど驚いたか。アイザックからは何も聞いていないんだ」
私はザックを見る。
ザックは私から目を逸らした。
「ザック、どういうことですか?ハリー様は何も聞いていないと言われました。ザックの独断でハリー様をここにお連れしたのですか?」
ザックは私を見ることなく、ハリーの方を向いた。
「ハリー、何も言わなかったが、何よりも素敵なプレゼントだっただろう?違うかい?」
「あぁ、それはとても素晴らしいプレゼントだった。だからこそ、この状況への説明を求めるよ」
私はザックが私を無視したことでとても寂しくなった。
血が繋がっているのはハリー様かもしれない。それでも、今の保護者はザックだ。
もしかしたら、ザックは私をハリー様の娘として王族の養子になるようにと思っているのだろうか?
前は王族の一員にはしない,成人まで自分が保護者だと言っていたけれど、、、気が変わった?
私は私を無視したザックをまともに見ることが出来ない。
「フィラをクラーク家の養子にする予定なんだが、その前にハリーとフィラを合わせたかったんだ。本当に血の繋がりのある者同士が会って、本人達の意思も確認しておきたくてね」
ザックが養子にする予定と言った。
私は思わずザックを見る。
ザックは私の方を見て、ハリー様を見る。
「ハリーとフィラ、君たちはこうして会ってみてどうなんだい?一緒に暮らしたいとか思わないかい?」
私はハリー様を見る。
ハリー様も私を見た。
私は首を横にふる。
「私はザックの養子になりたいです。血の繋がりを感じますが、別段、ハリー様と一緒に暮らしたいとは思いません」
ハリー様は苦笑して、私の頭を撫でた。
「君は頭が良いね。王族の一員になるとかなり自由が制限される。クラーク家の養子なら権力と自由が手に入る。クラーク家なら私とも近しい場所にあるから、私と君を引き離すことにはならない。うんうん、君はクラーク家の養子に入る方が良いだろうね」
そこまで、クラーク家に養子に入ることのメリットを述べておいて、ハリー様は「でも!」とクラーク家への養子に入ることを反対し始めた。
「私はギプソフィラ、君の本当の父親だ。君の母上を私は愛していた。そんな彼女が残した最愛の娘をよその男にくれてやるのはとても癪に触る。君がザックに懐いていて、ザックは君を大切にしてくれるだろうが、、、それでも、やはり、私が君の後継人になりたいと思うよ。ダメかい?」
ソファの横から肩を抱き締められ熱心に見つめられる。
綺麗な顔で情熱的な赤い目で語られる愛情。
この人は人の上に立ち、人を動かす人だと感じる。
「あなたの娘として王族の一員になるという事ですか?この目は母の目にそっくりです。母を知っている人は私が母の子供だと気づくでしょうし、あなたとの血の繋がりは見ただけで分かります。この状況であなたは母があなたの元を去ってあなたの名誉を守ったことを無にしてしまう気ですか?」
ハリー様は私の言葉に目を皿のように見開いた。頭を横にゆっくりと振る。
「ギプソフィラにとってフローラルティアはとても大切な存在だったんだね。でも、それは私にとっても同じだ。私は、フローラルティアを愛していたし、いずれ父上も母上も説得するつもりだった。それなのに、彼女は勝手に城を出ていって、天に召されてしまった。ギプソフィラがフローラルティアのいなくなった後どのように生きてきたのかは聞いていないから知らない。それでも、、、もう、私は失いたくない」
「本当に何も聞かされていないのですね」
私はザックを睨み付ける。
「すまない。何をどのように話すか悩んだ末、何も思いつかなかったのだ」
「あなたよく貴族社会で生きていますね。貴族は根回しとか、腹の探り合いとかそんなのが大事だと聞きました。ザックですよ、一番最初に教えてくれたのは。それなのに、ザックはそういう貴族じみた事は苦手なんですね、、、。はぁ、仕方ないです」
私は、ハリー様に向き直る。
2か月前に母は魔物の襲撃に合い天に召されたこと。
母はゲオルグという騎士に守られ、私は彼を父と思っていたこと。
ゲオルグも母と一緒に亡くなったこと。
その場にザックも居合わせたこと。
その全てをハリー様に伝える。
ハリー様はソファから飛ぶように立ち上がり、ザックを殴りつけた。
「ザック、どういうことだ!フローラルが生きていたなど、私は知らない。ゲオルグとは誰だ。6年?私は騙されていたのか?なぜ、今こんな暴き方をするのだ!!」
大きな声が部屋中に響き渡る。
怒声は大気を振るわせ熱気を生む。
ハリー様は無意識に魔力を放っているのだと分かった。
7年前に死んだと思っていた愛おしい人が本当はつい最近まで生きていて、しかも、他の男に守られていたと自分の娘の口から聞く。
私はなんとも言えない気持ちになった。
ザックはこれを予想して結局言えなかったのだろう。
私は体よく利用されたようなものだ。
「ザックは王族の望みをかなえたまでのことですよ。誰を優先するか、何を優先するか、それは私には分かりませんが、たぶん、王族の命は何よりも大切なんだと思います。きっと、私を身籠った母は死を覚悟したのでしょう?だって異母弟の子供ですよ。知られたらどうなるか、どんなことが起きるか分かりませんから。それを助けてくれたのはザックだと思います。今ここに私が生きているのはザックのお陰かもしれません。ハリー様、母の魔石です」
私は母が天に召されて初めてその魔石を取り出した。
緑色に輝く魔石は大きく手にずっしりとくる。
私はその魔石をハリー様の手にそっと乗せ、握りこませる。
ハリー様はゆっくりと母さんの魔石を自分の目の前に持ち上げ、愛おしそうに眺め、ただ涙を流した。
「私が、7年前に見せられた偽物の魔石に比べ、綺麗で尊い。フローラルティア、愛している」
そうか、ハリー様は今でも母さんを愛しているのか。
現在系で語られる愛の言葉に、母もたぶん生涯この方だけを愛していたのだろうと思う。
私は魔石がもう二つ入った革の袋の重みを首に感じた。
父さんは私を本当に愛してくれていた。
多分母さんのことも愛していた。
母さんはそうではなかった。
母さんにとってあの家族は偽物で、、、私は自分の顔が歪むのが分かった。
涙なんて出てこない。
父さんと母さんが大好きで、ただ幸せだったあの頃、母さんも父さんも幸せとは遠い場所に居たのかもしれない。
私がお腹に出来たから、、、
「あなたが居てくれるだけで幸せなの」
母の声が耳元で聞こえた気がした。
そうだった。
私が自分は役に立たないと思う時、自分が邪魔な存在なのかもしれないと不安に思う時、必ず「あなたは居るだけで私を幸せにしてくれる」と存在を肯定してくれていた。
私は目を瞑る。
深呼吸をする。
少し心を落ち着けて目を開ける。
赤い目と茶色の目が私を見ていた。
「すまない」
2人の声が重なった。
2人はお互いを見やる。
ザックがまず私の頭を撫でた。
「フィラ、君にこれまでの経緯をハリーに伝えるかどうか丸投げしてしまった。君はまだ7歳になったばかりだというのに、辛い役目を背をわせてすまなかった」
そして、ハリー様が跪き私の目線に合わせて話始める。
「君は騎士のことを父と思っていたのだよね。つまり、フローラルティアとその騎士が愛し合っていると、、、すまない。君にとっては君の家庭を壊してしまったのは私ということになるよね。それが事実ではなかったとしても、辛い思いをさせてしまったことには変わりない。そして、その父と慕った人と母が亡くなってまだ2ヶ月。私はフローラルティアが天に召されたと聞いてから立ち直るまでに1年かかったよ。王子だから表面は取り繕ったけどね。君はまだ2ヶ月。辛い話をさせてしまった。ただ、これだけは知って居てくれるかい?私は君が目の前に現れてすごく幸せだよ。神に祈りを捧げるほどに幸せだ。君が生きて私のそばにいてくれたら、私はもっと幸せになれる」
ハリー様は私を実の娘として王族に迎える気でいるようだ。
しかし、私はザックから聞いている。
半分でも血の繋がりのあるもの通しでも婚姻は認められていないし、下手をすると他国から攻め入られるほどの弱みになると。それなのに、私を王族に迎える入れるなど、ハリー様は何を考えておられるのか?
「私はザックの養子になる予定ですよね」
私はザックを見る。ザックは困ったように私とハリー様を見た。
「もし、君がザックに何か聞かされているなら、そんな知識は必要ないよ。君が誰の産んだ子であろうと君の母上も君自身も誹謗中傷を受けるような目には合わせない。神に逆らっても君の父は私だ。私を侮ってもらっては困るよ」
ハリー様は一度もザックを見ず、ひたすらに私を見ていた。
ここまで求められたことは今まで一度もない。
私はどうすれば良いのか分からなくなる。
冷静なもう1人の私が囁いた。
この情熱は私に向けたものではない。これほど求めるのは私が母との間の子だから。私自身に向けられたものではない。
あぁ、と納得する自分がいた。
私は母の子だ。だから、皆私を求めるのだ。
私はハリー様の目から視線を外し、自分の膝に視線を移す。
「母さんによく似た目をもつ私だからですか?」
暗に母さんを愛しているからついでに私に目をかけてくれているのだろうと匂わせてみる。
ハリー様は首を横に振った。
「これほど自分と濃い血の繋がりを感じ、誰に何を言われなくても自分の娘だと分かるギプソフィラ」
そこで彼は髪と同じ赤い目を私の視線に合わせた。
ソファに座る私の下向きの視線に合わせる彼の姿勢は多分今までした事がないほどにしゃがみ込んでいる。
「親はね、子供を大切に思うものだ。親はね、子供の幸せを願っているんだよ。小さな我が子を喜んで手放す親なんていない。親は子供を無条件で愛してるんだよ」
私の瞳から大粒の涙が溢れ落ちた。
私は親に愛されている。
私の親は私を愛してくれている。
私はハリー様の胸で嗚咽を上げて泣き続けた。
そこには同じ色の赤い髪が揺れていた。
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