複アカ獣人奴隷と、クォータエルフの奴隷少女の二重奴隷契約

第1話 勇者王太子の複アカにされた、俺

星歴899年 5月16日 午前0時00分

アーセルト王都 神殿 召喚陣の間

 

 その日、普通の高校生だった俺、碧海あおみ青藍せいらんは、死んだわけでも、望んだわけでもなく、突然に、無理やり、この異世界に召喚された。


 まず、夢だと思った。

 気が付くと、召喚陣の中に仰向けに縛られていた。

 さらに、自身の姿に驚いた。


「なんだ、これは! ケモノ? オオカミ? 爪も牙もある?」

 俺の叫び声に、周囲を取り巻く神官たちが、どよめいた。


「成功だ」

「成功した。勇者様の身代わりを召喚できた」

「しかも、屈強な獣人ではないか」

「我が国の守りは安泰だ」


 口々に勝手なことをしゃべっていた。

「待ってくれ、なんで鎖なんだ? 放してくれ」

 俺は、獣人の姿で、太く黒い鎖が四肢を縛っていた。


「おまえと、王太子殿下との身代わり契約は成功した。次は、抵抗できぬように、おまえの命を縛る。死の楔を与える」

 大司祭は、その手に魔導金属製の楔を持っていた。楔には、びっしりと禍々しい呪文が刻印されている。


「おい、何の冗談だよ! こんな悪ふざけはやめろ。警察呼ぶぞ」

 悪夢にしては、冗談がきつすぎる。俺は焦り始めていた。

 だが、大司祭は冷笑した。


「おまえは、わが魔導により異世界より、このアーセルト王国へ召喚されたのだ。騒いでも無駄だ。獣人となったおまえの身体には―― 勇者となられた我が国、王太子殿下の身代わりになる魔法が、すでに施されている」


 異世界?

 王太子の身代わり?


 俺には何のことだが、さっぱり理解できなかった。

 だが、事態は容赦なかった。


「抵抗は死である。楔を心臓に受けよ」

 それは想像を絶する苦痛だった。鎖で縛りあげられ無抵抗な俺の心臓へ、大司祭が魔導金属の楔を打ち込んだのだ。


 あまりにも理不尽な事態だった。

 唐突もなく、無理やり異世界に召喚された。

 召喚と同時に獣人にされ、四肢を鎖で縛られ、心臓に禍々しい魔導の楔を打ち込まれた。

 

 夢なら、ひっぱたけば覚めるというなら、それは―― 目覚めない悪夢の始まりだった。



 ◇  ◇



 アーセルト王国では、お告げにより、勇者が選ばれた。

 勇者として預言者が名を告げたのは、この国の唯一の王太子だった。


 勇者に指名された王太子は、妖魔との戦いの先頭に立ち、この国、ひいては世界を救わなければならない。


 だが、たったひとりの王太子なのだ。もしものことがあれば、王家は失われる。

 しかし、王族ならば、勇者として指名された以上は、使命を果たさなければならない。

 さらに言えば……

 もしも、王太子が妖魔の大群を討ち払い、王国を救ったのならば、人々は王家を讃える。王家による治世は安泰となる。


 王太子は最強勇者になるべきなのだ。

 しかし、王太子を危険に晒すわけにはいかない。

 このジレンマを解消する解が、獣人に変えられた俺だった。


 激しい苦痛の末に、魔導の楔は、俺の心臓を貫いた。死の楔の魔導陣が、俺の胸に刻まれた。



 ◇  ◇



 大司祭が、満足そうに俺を見下した。口元が歪んでいた。その手には、魔法文字が浮かぶ水晶板を持っている。


「なるほど、おまえは、世界のことわりが存在を許さない違法なモノなのだな」

 大司祭が手を返し、俺に半透明な水晶板を見せた。魔法文字は、はじめは読めなかった。しかし、目を凝らすと、すぐ、文字が読めるようになる。


NAME:碧海あおみ青藍せいらん

LV:16

EXP:45020


まともに読めたのは、それだけだ。

あとは、表示がバグっていた。


NAME:アーセルト%国?太子 セー%ム

属性付与:獣人 変異 %戦士 死##

   

 ときおり文字が置き換わり明滅する。ステータス表示がバグっている。

 世界の理が許さない違法な存在だと……?


 複アカだ!

 俺は、俺の存在自体がこの世界にとって違法なのだと、理解した。 


「卑怯なことをしやがって……」

 俺は、胸の苦痛にうめきながら、吠えた。


「異世界より召喚したおまえを獣人に変えた。勇者王太子殿下の身代わりとなり、経験値を得て、王太子殿下に捧げるのだ」

 大司祭は笑った。その言葉は身勝手なこと、この上もない。


 この世界に、王太子とまったく同一の人間はいない。いや、世界の理がクローン人間の存在など、許さない。だから、俺は召喚と同時に獣人にされたのだ。


 魔法的な資質では、勇者王太子と同一の存在であり、経験値が共有される。

 しかし、俺は獣人の姿だ。

 人間である勇者王太子とは違う。

 経験値システムでは同一存在だが、世界の理からは別存在に見えるモノ。つまり、俺は、勇者王太子の複数アカウントにされたのだ。

 

「王太子殿下のために戦え。傷つき、血を吐いて、地を這え。おまえが戦うたびに、発生した経験値は、魔法契約により変換される。真の勇者となる王太子殿下にも転写される。獣人よ、光栄に思え」


「勝手な理屈ばかりこねるな! 俺を元の世界に戻せ」

「無駄だ。おまえはもうこの世界に囚われた。死の楔を打たれた。逆らうことはできない」


 大司祭が両手を広げ、高らかに宣言した。

「我がアーセルトは祝福された。王国は百年の繁栄を得るだろう」

 神官たちが、一斉に唱和した。


「アーセルト王国に反映を!」

「勇者、王太子殿下に神のご加護と祝福を!」

 神官たちも、身勝手な熱意に声を震わせていた。


 これのどこが、祝福だと!?

 理不尽な苦痛を強いられて、俺は怒りに燃えていた。



 俺を複アカにする。俺を捨て駒にする。俺に危険と苦痛を押し被せて、経験値だけを収穫する。

 そして、安全、確実に、王太子を最強に育てあげる。

 王太子を、真の勇者にするために。


「ふざけるな!」

 俺は、荒々しく獣の息遣いを弾ませていた。


 だが、まだ終わりではなかった。

 奴らは、さらに、狡猾だった。

 突然、異世界に召喚され、獣人に変えられた俺には、抵抗するすべはなかった。


 大司祭に代わり、筋肉太りをした壮年の男が進み出た。見るからに危険な雰囲気の男だ。軍人というやつだ。それが、ギルク辺境伯爵だった。



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