第15話 魔物は、本当に魔物なのか
月明かりの下、怪しく微笑む彼女は美しかった。
そうか、角が生えている異形の私は"マモノ"と言うらしい。
彼女は名前をアイリスと言った。
花の名前なのだそうだ。
美しい彼女に似合っていると思った。
それから、私たちは何度となく夜に逢瀬を重ねた。
『他の人たちに知れたら大変だから』
そう言われて、こっそり会いにきてくれるアイリスが愛しくて堪らなかった。
彼女が暮らすこの国の天地に、いつまでも豊かな暮らしを約束した。風に寿ぐと、それはこの国の全ての人々の頬を撫でた。
ある時、アイリスは私の屋敷での生活を見てみたいというので、屋敷に招いた。
以来、祠に訪ねてくればすぐに屋敷へと誘った。
式達は、アイリスに私と変わらない、それ以上の応対をしていたように思う。
誰かが訪ねてきたことのないこの屋敷に来客があるというのは、感情を知らない式達にとってもささやかな張り合いとなっていたようだ。
私はアイリスに永遠の愛を誓おうと心に決めた。
けれど
私たちが密かに会っていたことが
私の存在が、人間に知られた。
アイリスは捕らえられて、人柱として祠の地中に埋められた。
✳︎ ✳︎ ✳︎
「人間は、人柱としてアイリスを捧げた時に、二つの呪いをかけた。私を祠に閉じ込めることと、もし私が地に降り立った時、すぐに分かるように花びらが舞って知らせるようにした。周到だろう?」
「姉は貴方が愛した、そのアイリスの生まれ変わりだと?」
私は弟の言葉に頷く。
「ここに来てから、どんどん過去のことを思い出しているのよ…そんな時は頭痛と耳鳴りが酷いわ。彼はずっと私に寄り添ってくれたの。彼のそばに居ると決めたのは、過去の因縁だけではないのよ」
「お姉様は魔物を本当に愛していらっしゃるのですね」
にこやかに聞いていたローマンはエランシスに向き直る。
「では魔物殿はどうなのでしょう?貴方は過去の因縁とは別に、ただ今世を生きる女性として姉を愛していらっしゃるのですか?」
「なんだと?」
「失礼を承知で申し上げます。私たちは姉弟です。母は亡くなっているし、父はあの通りだ。私くらい姉の心配をする家族がいたって良い。そうでしょう?」
ローマンはしっかりとエランシスを見つめて対峙する。
「ただ、姉上を心配する弟君の言葉として受け取っておこう」
エランシスはお茶を一口含んでから私を見た。
「確かに、過去のアイリスがいなければ今世のアイリスに出会うことはなかった。ましてや妻に娶ろうというのは過去のアイリスなしに考えることはできない。それは仕方がないこととして考えていただきたい。魔物と人間では住む世界が違うのだから。運命を結びつけたという意味で、そこは了承頂きたい」
その言葉に弟は頷いた。
「その上で申し上げる。私は過去のアイリスと今世のアイリスは別で考えているよ。私は目の前の彼女を愛しているのだから。以前は知らなかった、もどかしいようなこの気持ちを知ってしまった。他でもない、アイリスが教えてくれたのだがね」
色素が限りなく薄い、けれど意志の強い瞳は私を見つめて離さなかった。
「それを聞いて安心しました。貴方なら姉を任せられる」
弟は穏やかな表情でソファに沈んだ。
目を瞑ったまま、ローマンは言う。
「一つお聞きしたいのだが…」
「なんだろうか?」
「私が住む国は、今や何かを実らせることはかなり難しい。それも魔物殿が封印されていたことと少なからず関係しているのだろうか」
「それは、結果論だ」
弟は姿勢を正して、エランシスに向き直る。
「貴方は果たして本当に魔物の類か?」
「魔物、そう呼んだのは人間なのだがな」
「やはり」
私は訳がわからなくてローマンとエランシスを忙しなく視線を往復させる。
「貴方は謂わばこの国の守り神のような、この国の創り主のような存在なのではないだろうか」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます