魔法猫と猫使いのヤヤ。

山岡咲美

前編

『ふぁあ、ねークロ、ヤヤはどうしてる?』


『ヤヤ? ヤヤならまだ部屋で寝てる』


『チャトラとサバトラも一緒?』


『ああシロ、あいつらはヤヤにべったりだからな……』


『キジトラは?』


『キジトラは外、アイツは勝手がすぎる』


『クロ、キジトラは外の見回りをしてくれてるのよ』


『外の見回り? この家で?』


『どんな時も警戒は必要よ、ミミちゃんに頼まれたでしょ』


『シロは何時いつももミミだな』


『良いでしょ』


『いいけどさ……』


『じゃあクロ、あんたヤヤを起こして来て』


『なんでオレが?』


『ワタシはハチワレの手伝いがあるのよ』


『ハァ、わかったよシロ……』


 朝がすぎ、陽の光が少し斜め上から森の小さな一軒家にさし始めた頃、白猫のシロと黒猫のクロがヤヤの部屋に続く階段下でそんな会話をしていた。



 *



『お~い、ヤヤ、起きなよ〜』


 黒猫のクロがヤヤのベッドに跳び乗る。


『ふあぁっ!』


『んんっ!』


『おい、チャトラ、サバトラ、ヤヤを起こせ』


『ふぁっ? なんだクロか』


『ふあぁっ!』とあくびをしていた茶虎猫ちゃとらねこのチャトラがヤヤの布団の上で片目を開けて黒猫のクロをチラリと見てまた寝る。


『ヤヤはまだ起きないよ、昨日の夜はずっと魔導書を読んでたから……』


『んんっ!』っと伸びをしてた鯖虎猫さばとらねこのサバトラがヤヤの布団の上で薄めを開け黒猫のクロを見つめたあとまた目を閉じた。


『魔導書? チェスで遊んでたんじゃなくて?』


 黒猫のクロはヤヤの部屋の窓際に寄せられて置いてある、半円の素朴な木のテーブルの上にチェスの駒が散乱しているのを見つめる。


『それはキジトラがいた時だけ、ボクらのチェスはヤヤと勝負にならない……』


『勝つのか?』


『いや、負けるんだよ……』


 黒猫のクロの質問に茶虎猫のチャトラが嫌そうに答えて、扉の無いヤヤの部屋の入口から階段を駆け下りていった。


『んんーーーーっ、あとよろしく』


『はぁっ?』


 鯖虎猫のサバトラがヤヤの布団の上で四肢を伸ばし、ヒョイっとヤヤのベッドから飛び降り茶虎猫のチャトラを追って行く。


『はぁ……』


『ヤヤ、ヤヤ、起きないよ、朝だよ、ご飯の時間だよ』


 黒猫のクロはヤヤの枕元に歩いて行き、お布団から少し出ている緑がかった黒髪を鼻で押した。


「んんっ……」


 少し緑がかった黒髪はお布団へと潜り、お布団の中で人が寝返りを打つような動きをする。


 黒猫のクロはそれを分かっていたかのように、ヒョイって枕元で跳び上がり元の枕元に着地した。


『ヤヤ、魔法の勉強もいいけどさ、ミミに言われたろ?』


「んん〜〜」


 またお布団の中で寝返り波を打つ。


 黒猫のクロは寝返りの波を歩いて乗り越える。


『はぁ、仕方ない……』


 黒猫のクロはヤヤのベッドから飛び降りて、クルル、クルル、クルルと三回その場で回った。


『ご飯はちゃんと食べないとね!』


 黒猫のクロの歩いた跡が魔法陣となり黒く輝いた。


『吹っ飛べ! 布団!』


「キャッ‼」


 ヤヤのベッドから掛け布団が魔法の力で吹っ飛び、真っ白なワンピースパジャマの女の子が可愛い悲鳴をあげた。



 *



「おはよ~ハチワレ〜」


 ヤヤが、ボサボサの黒緑色こくりょくしょくの長い髪を腰までたらし、一階のダイニングキッチンへとペタペタ素足で降りて来た。


『おはよヤヤ、アタシ、今オーブンから目が話せないから先に顔洗って来て』


 黒と白の八割れ猫はちわれねこのハチワレが鉄の薪のオーブンの前でパンを焼いている。


「は~い」


 キーコ、キーコ、キーコ


 ヤヤはシンクの中に大きな白い洗面器を置くと、キッチン横にある井戸の手押しポンプのレバーを上下にキコキコしてその大きな白い洗面器に水を張った。


「よっと!」


 ドン!


 洗面器を平な石のシンクの上に置く。


「はぁ、冷たそう……」


 ヤヤは溜め息を付きながらも髪くるりと束ね、頭の上にお団子を作り、シンクの上にあるキッチン棚の下のタオル掛けに掛けたタオルを止めている大きな洗濯バサミで自分の髪を止めた。


 バシャ、バシャ、バシャ


 バシャ、バシャ、バシャ


「冷た~い!」


 顔を洗ったヤヤがそう言い、慌ててタオルで顔を拭く。


 ゴシ、ゴシ、ゴシ


『ヤヤ、ゴシゴシしない』


 八割れ猫のハチワレが肌に悪いと注意する。


「は~い」


 ヤヤはキッチン台横に並んだ色取り取り、形取り取りの瓶から、顔の形の蓋が付いたの白い小さな瓶を手に取り、乳白色の液体を手のひらにたっぷりに滴たらし伸ばしたあと、顔を撫でるように広げた。


 キッチン横にある鉄製の薪オーブンからはパンのいい香りがダイニングキッチン全体にし始める。


「いい香り〜」


『ちょっと待って、今開けるから』


 八割れ猫のハチワレがスッと立ち上がり、ダイニングテーブルの上に置いてあった、ペンより少し長めのにれの木の杖を肉球へと飛ばして呼び寄せる。


『はい、はい、はいっ!』


 八割れ猫のハチワレは杖を振り薪オーブンの鉄の扉を開け、鉄のトレイを魔法で浮かして取り出す、そこには今日ヤヤが食べる分のヤヤの顔ほどある出来立てパンがふっくら四つあり、それを鉄のトレイから木のツルを編んで作ったかごの中へと並べたのだ。


「熱っ!」


 ヤヤは待ち切れないとばかりに一つを掴み、まだ熱くふわふわのパンにかじりつく。


 ヤヤの鼻に焼きたてパンのいい香りがぬけていく。


「美味しい、ありがとうハチワレ」


 八割れ猫のハチワレは今日も良い出来だと楡の木の杖を肩にかけ、ご満悦。


『ヤヤ、ちゃんとミルクも飲めよ』


 お布団のお片付けをして降りてきた黒猫のクロが、丸い木のトレイにミルクを乗せて運んでいる白猫のシロを見る。


「ありがとう、シロ」


 ヤヤは白猫のシロの持って来てくれたグラスに入ったミルクをその手から受け取ると、ゴクゴクゴクとそれを飲み干した。

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