第27話
芽依が一歩進む。
瞬間、周りのあらゆる存在が芽依の命を刈り取ろうと襲い掛かる。
愛する凛を守るために、愛する凛にあだなす存在を消し去る為に。
だがその愛を嘲笑うように無に返す力。
彼女の歩みを邪魔する者はこの世にいない。
いや、いてはならない。
彼女の歩いた後には何も残ってはいけない。
それが絶対のルールだから。
「まさか芽依さんも、呪い持ちだったんですね」
「そっちこそ」
二人の距離は随分と離れている。
だが、既に凛は自身の胸の苦しさを感じていた。
周りの人々は凛を守る為に動こうとするも、芽依の力により指先一つ動くことを許されない。
「清は、私みたいな存在すら普通の子だと言ってくれた。私に、生きる意味を教えてくれた」
芽依が一歩進む。
呪いは警告を鳴らす。
あまりにも目の前の存在は危険だ。
敵無しの、無敵に近いその力に対抗出来る存在だと。
「それなのに、どうして清にあんなことをしたの?」
「私もまさかこんなことになるとーー」
凛は急激な吐き気を覚え、胃をひっくり返す。
「力を抑制出来ないくせに!!何故私達に近付いたって聞いてるの!!」
地面が割れる。
空が割れる。
建物が灰と化し、世界が悲鳴を上げる。
「……」
「どうして!!どうしてそんな酷い仕打ちが出来るの!!清が……私が……あなたに何をしたって言うの!!」
芽依は涙を流す。
怒りは悲しみへと変わった。
「あれは清じゃない。世界中の誰がなんと言おうと、私はそれを否定する」
芽依の呪いは全てを奪い去る力。
全てを自分へと取り戻す力。
「返して……清を返して」
芽依は一歩踏み出す。
「あなたの命で、全てを返して!!」
そこで芽依は気付く。
「私だって……」
凛は泣いていた。
見えない目を開き、泣いていた。
「私だって友達になれると思ったんですよ!!だから隠した!!だから一緒にいたかった!!でも……でも……ダメだった!!」
凛は膝をつく。
懺悔するように、地面に向かって言葉を零す。
「愛してもらえると思った。呪いを知らない、普通の人だって……そう思ってもらえば、愛してもらると思ったんです……」
本物が欲しかった。
ただそれだけが、彼女の望みだった。
「芽依さん。あなたはさっき、こう言いましたね。私は普通の子と言われた……と」
「……だから何?」
「残念ながら私には見えませんが、是非その瞳で周りを見て下さい」
芽依は周囲を見渡す。
先程まで活発だった道が、今は辺り一体に何も残っていない。
残っているものは、生きているかも死んでいるかも分からない人間達。
「それが普通?笑わせないで下さい。私達は異常者ですよ?」
凛は笑いながら立ち上がる。
「私達に普通なんてものはないんです。ただ皆に嫌われ、世界を壊すだけ。それを普通だなんて本気で信じているんですか?」
凛は挑発する。
同じ呪いのはずなのに、本物を持っている芽依に負の感情を抱いた。
そんな芽依は当たり前かのように
「……信じてるわけない」
そう答えた。
思っていたものと違う返事に、凛は少し戸惑う。
「私はどう考えても普通じゃない。こんな力を持ってる私が、普通なことが許されるわけがない」
「……なら」
「私は普通じゃない。だけど、清はもっと普通じゃない」
「?」
芽依は言葉を紡ぐ。
「私達みたいな呪いもない。あの人みたいな魔力を持ってるわけじゃない。特別なんて一つもない、ただの普通の人」
「……そんな人が、私達と分かり合えるはずがありませんね」
「うん。清じゃ私達の気持ちは一生理解出来ない」
だけど
「寄り添うことはできる」
「……」
「分からないのに、彼は私の隣で笑ってくれる。分からないのに、彼は私と一緒に楽しもうとする。分からないのに、彼は私が傷つくと悲しむ」
普通だけど普通じゃない。
それが阿部文清という人間。
「目が見えないからって視野を狭くする理由にはならないよ、凛」
芽依言う。
「私は思うの。特別だけが集まった場所にはきっと、私は普通なんだって言われる場所があるんだって」
凛は答える。
「そんなはずない。私達みたいな存在を、受け入れてくれる世界はない」
白い目が芽依を捉える。
「来て下さい、芽依さん。私を普通だと、証明して」
「分かった」
芽依は真っ直ぐとその目を見返す。
「証明する」
二人の距離が一気に縮まる。
「!!」
芽依は突然苦しみを覚える。
「呪いが……私に……」
凛の力はあらゆる存在に作用する。
それは呪いであっても例外ではない。
「足を止めないで!!」
凛もまた苦しむ。
強制的に与える愛を芽依の呪いは奪い去る。
愛なんて存在は必要ないのだと消し去る。
互いの呪いがぶつかり合う。
呼吸が止まり、体は鉛のように重い。
それでも歩みを止めない芽依。
それでも待ち続ける凛。
勝負はどちらが先に倒れるか。
もう後戻りは出来ない。
どちらかの力が消えるまで、二人の助かる道はない。
どちらかが死ぬまで、その戦いは終わらない。
そう……思われた。
「……芽依……さん?」
「こんなことをしても、清は喜ばない」
呪いが一気に弱まる。
それは心が挫けた証拠であった。
「ねぇ凛……私はどうしたらいいの?」
「……」
「分かってる。あなたを殺しても、呪いは止まらないって」
「……知ってたんですか?」
「呪いがそんな優しいはずがないから」
芽依の言う通り、凛が死んだところで呪いは止まらない。
芽依自身が、呪いの恐怖を誰よりも分かっているからこそ分かるのだ。
「お願い凛。清を戻して……」
「ごめんなさい。私には無理なんです……」
「お願いだから……お願いだから戻してよ……」
「……」
「清と……友達になってあげてよ……」
泣き出す芽依をソッと抱きしめる凛。
互いの呪いが食らい合い、奇跡的にお互いの命は消えずにいた。
「ごめんなさい。迷惑ばかりかけてごめんなさい」
凛もまた涙をこぼす。
世界はあまりにも少女達に厳し過ぎる道を与えた。
ただ生まれたことを罪だと言ってるように、ただ存在していることが悪かのように。
数少ない見つけた宝物さえ、世界は奪っていく。
嘲笑うかのように呪いが全てを支配していく。
だが残念ながら
「ヒャッホォオオオオオイオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!」
それは厨二が許さない。
「ヒーローは遅れて登場するぜぇええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ」
巨大な絵を飾った馬車が空を飛ぶ。
そこには笑顔の凛の姿が映っていた。
「あの……芽依さん。状況を説明してもらえますか?」
「清が凛の写真を王都中に見せびらかしてる」
「説明……合ってます?」
「私も自分の目を疑ってる」
高笑いをする清は、王都中に紙を撒き散らす。
「文字読める?」
「はい。ゆっくりではありますが」
凛はいつも通り呪いをかける。
そしてタイトルに気付き
「どうして……私とは関わるなと言った筈……」
そこに書かれていた内容は
『凛の良いところ30選。ポロリはないよ』
ふざけた内容よりも、凛には何故呪いが効いていないのかに疑問が浮かぶ。
「よっす二人とも。いやー随分と荒らしたなぁ」
空からジャンプして降りてきた清。
空にはめんどくさそうにビラを撒き続けるネネの姿があった。
「どうして……あれから私は何も……」
「いやー流石に俺もこのままじゃまずいと思ってな。凛と関わらないと世界終わっちゃうからな〜」
「世界?」
そこで
「今まで良い人と思ってただけの相手をめちゃくちゃ好きになる。頭と感情が一致しなくて、正直気持ち悪かった」
「ご、ごめんなさい」
「そこで思ったんだ。じゃあ本気で好きになってみるかって」
「……ん?」
「思考回路がバグ」
それから文清は凛について色んな情報を集めた。
かなりの人が凛に対して何かを言及することはなかったが、呪いにかかっていない人間は次々に
『悪魔』
『化け物』
『呪われた子』
罵詈雑言を繰り返した。
そこで文清は思った。
「結局みんな、凛の内面を見ようとしてないんだな」
それは凛自身も含めてだった。
目が見えない、呪いを持っている。
まるでそれ自体が本体かのように皆が考える。
「人の特徴って、目立つものだけじゃないと思うけどな」
文清はそれからも情報収集を行った。
初めての王都で色んな物が目に入る中でも、必死に、必死に凛に関わることを集めた。
『いつも料理の本を買っていくね』
料理が好きなのか。
『時々動物を撫でている』
目が見えなくてもモフモフの魅力には逆らえないか。
『この前ボールが引っかかってたらね、木が動いてボールが落ちてきたんだ』
『俺が鉄骨に潰されると思った瞬間、綺麗に全部が避けていったんだ!!』
『モンスターが私に襲いかかるどころか助けてくれたの!!』
直接凛と言われたわけじゃない。
でも、その怪奇現象の数々が可能な人間は一人しか思い付かない。
「間違いなく呪いじゃな」
それから色々と調べ上げた結果
「うん。めっちゃ好きだ」
仮初の愛を上回る。
そしてそれは
「呪いが解けたか?」
「正確に言うのであれば、呪いの力が弱まったのじゃろうな」
協力していたネネが結論を出す。
「呪いはどうやら宿主の大切な物を嫌うようじゃな」
「芽依の場合は誰かとの繋がりが欲しいから孤独を与えた。凛の場合は愛が欲しいから仮初の愛情を与えた。ああ、だから芽依は手を繋ぐと呪いの力が弱まるのか」
「孤独を嫌うものには近付けない力を、愛を求めるものには意思のない人形を……確かに呪いと言われるのも納得じゃの」
「……愛か」
文清は何かを閃いた顔をする。
「じゃあさ!!みんなが凛のことを愛せばいいんじゃね!!」
「は?」
「そうと決まれば早速準備だ!!師匠も手伝ってくれ!!」
「おいバカ弟子。今度は一体何を考えておる」
「何ってそりゃ」
文清は楽しそう
「勝負の決着をつけるんだよ」
笑うのだった。
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