第5話

 小さな村に、一人の女の子が生まれた。


 女の子の両親は少女の生誕を心から祝った。


『名前は芽依だ。君の名前からもじったんだ』

『素敵な名前ね』


 少女の髪は両親譲りの綺麗な白髪だったという。


 村人達はその美しさを神の恩寵と呼び、大切に、大切に育てられた。


『芽依には幸せになって欲しいな』

『大丈夫よ。だって私達の子供だもの』


 そんな少女は何の不自由もなく成長し、幼いながらも村一番の美人になるとまで言われた。


『芽依ちゃんおはよう』

『今日も可愛いね』

『一緒に遊ぼう!!』

「うん!!」


 村は少女が大好きだった。


 少女もまた、村の人々が大好きであった。


 だが


「あ、またあの人達」


 そんな幸せを世界は許してはくれなかった。


『そんな!!これ以上はもう無理です!!』

『無理ではない。やれ。それとも村ごと焼き払われたいのか!!』

『そんな……』


 時代は大量のモンスターが王都に侵入した年。


 未曾有の危機を前に、村にもまた大きな負担の波が押し寄せていた。


「パパ……」

『芽依……聞いていたのか?』

「……」

『大丈夫だ、何の心配もない。ママも直ぐに元気になる。村のこともパパに任せておけ』


 少女は幼いながらに理解した。


 それが嘘であることに。


「ママ、お熱大丈夫?」

『ええ、ありがとう。でも芽依に移ったら大変。お友達の場所に遊びに行きなさい』

「ううん、芽依ママと一緒にいる」

『……頑固なところはパパそっくり』

「本当?私、パパと一緒?」

『ええ。本当に』

「パパと一緒、嬉しい」

『よかったわね』

『……』


 物陰からその光景を見た父親は、一粒の涙を溢した。



 ◇◆◇◆



『これ以上どうしろってんだ!!』

『白鷺さん、私達これ以上はもう!!』

『分かっています!!だから明日、決行しましょう』


 遂に、税金の徴収に耐えられなくなった村人達の緊張はピークに達する。


 次の日


『よろしくお願いします』

「今日、お泊まりの約束してないよ?」

『芽依ちゃん、今日は一緒に娘と遊んでくれる?』

『芽依ちゃん遊ぼう』

『芽依、楽しんできなさい』

「……うん。行ってきます」


 少女には分からなかった。


 何が正解で、何が間違っているのか。


 この握っている父の手を離してしまってもいいのか。


 悩んだ末に少女は


『行ったか』


 父親は悲しげな目で見送る。


 コンコン


『……どうぞ』

『ふむ、相変わらず見苦しい場所だ。さっさと立ち去りたいものだな』


 税金を徴収しに来る貴族。


 丸々と太った姿は、村の人々とは全くの逆であった。


『こんな場所には一秒も居たくない。ほら、さっさと金を納めろ』

『……ありません』

『何?』


 緊張が走る。


 貴族の後ろについた騎士が二人、剣を引き抜く。


『聞き間違いか?』

『今年は大きな嵐がありました。現れたモンスターを倒し生きながらえることが出来ましたが、それ以上は何も』

『言い訳を聞きたいんじゃない!!金だ!!金を用意しろと言ってる!!』


 貴族は机を乱暴に叩く。


『どうか……今年の分は許していただけないでしょうか!!』


 男は地面に額を擦りつける。


『……見苦しい。そんなもので許されるはず……おや、そうだな。お前の子供、確か歳は10にならないくらいか』

『……』

『あれはかなりの上玉になる。そうだな、あれを寄越せば今年の分は無しにしてやってもいい。なんと素晴らしい交換条件だ!!』


 貴族は笑う。


 机を何度も叩き笑う。


『アハハ』


 男も笑った。


 二人で笑った。


 涙が出る程笑った。


 そして


『死ね』


 その日以降、貴族と騎士が王都に帰ることはなかった。


「パパはどこに行ったの?」


 少女は問うた。


 だが、返事は返ってこない。


『パパはね、ずっと芽依のことを見守ってるんだよ』

「そうなの?」


 少女にはまだ理解出来ない。


 だが、それでも不思議と母親の言う通りなのだと分かった。


 そしてそれが、少女の心を大きく締め付けた。


『芽依ちゃんの髪黒ーい』


 その日以降、少女の毛先が少し黒くなっていた。


 切ってみても、切られた場所が次第に黒くなる。


「面白ーい」


 少女はそれを笑った。


 村の皆もその姿を見て笑った。


 悪魔もまた、それを笑った。



 ◇◆◇◆



『逃げろ!!』


 誰かが叫んだ。


「ママが!!ママがまだ中にいるの!!」

『ダメよ芽依ちゃん!!今行ったら死んじゃう!!』

「離して!!」

『ダメ!!絶対に行かせ』


 ズズ


『あ……れ……』

「ママ!!」

『あ!!芽依ちゃん!!』


 火の燃える家に中に少女は飛び込む。


 皮膚が燃えるように熱い中、少女は進み続ける。


「ママ!!ママ!!」


 必死に叫ぶ。


 いつも母親が眠っている寝室の扉を開ける。


『芽……依……』

「ママ!!」


 愛する者の胸に飛び込む。


『ダメじゃない、来たら』

「ごめんなさい。でも、ママがいないと寂しくて死んじゃいそうなの」

『全く、そういうところはママそっくりね』


 母親は娘の額にキスをする。


『芽依に祝福がありますように』

「??」

『髪、随分と黒くなってきたわね』

「本当だ」


 遂数日前はまだ大部分が白だった髪が、今では黒一色に染まる。


『……芽依。最後にママの手、握ってくれる?』

「うん」


 少女が手を握る。


『あったかい』

「私もママの手、好き」

『……嬉……しい……』

「ママ?」

『あぁ……待ってたのね……』

「ママ、どうしたの?」


 返事はない。


「ねぇママ、ねぇってば」


 揺らす。


 だが返事は返ってこない。


 それどころか


「ママ!!」


 次第に生命の形が崩れていく。


 少女の触れた手から、ゆっくりと崩れるように消えていく。


「い、行かないで!!私を置いていかないで!!」


 触れる。


 だが、近付けど近付けど、かつて母親だったものは避けるように消えていく。


 まるで少女だけを世界に取り残すかのように。


「い、嫌!!やだ!!パパもママも置いて行かないで!!」


 涙を流す。


 そこには母親の持っていたネックレスのみが、残っていた。



 ◇◆◇◆



『呪……ってや』


 最後の言葉をいい終わる前に、村人の背に剣が突き刺さった。


『平民如きが貴族に逆らうからだ』


 かつてこの村から消えた貴族の父が、村に火を放つ。


 既に村の人間は殺し尽くした。


『サウル様、まだ生き残りがいました』

『報告はいらん。殺せ』

『ハ!!』


 数人の騎士が向かう。


 炎の向こうに見える人影に近付き、そして


『……あいつらは何を遊んでいる』


 目の前で倒れてしまう。


『チッ、お前らあれを殺せ。ふざけてる奴らも一緒だ』


 それからもう一度騎士を向かわせる。


 だが


『……』

『サウル様、嫌な予感が』

『殺せ』

『一度撤退を』

『いいから殺せ!!』


 騎士達は距離を取り、魔法を放つ。


 赤く燃える火の玉は、村を燃やした元凶そのものであった。


 だが


『消えた!!』

『サウル様!!お逃げ下さい!!』

『クソ!!どうしてこんな村の奴如きに』


 貴族は馬を叩き、逃げようとする。


 だが


『お、おい!!』


 馬は動かない。


 否、動けない。


『もういい!!自分の足で……バカな……』


 動かない。


『動け!!何故、何故足が!!』


 貴族は何度も自分の足を叩く。


 次第に腕すらも動かなくなり


『い、息……が……』


 呼吸も停止する。


『……すけ……ろ……』


 貴族が目線を向ける。


 騎士は皆、既に死んでいた。


『……』


 ゆっくりと、ゆっくりと迫る厄災。


 ただ歩む。


 それだけで、全ての生物が淘汰された。


『化け……物……』


 命の糸が消える瞬間、貴族が最期に耳にした言葉は


「死ね」


 幼い少女からの、呪いの言葉だった。

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