5.優しさに嫉妬する

「あの、ほんとうに、看病とかいいんで…」


「何言ってるんですか。こんな状態で、ご家族も同居していないのに放っておけませんよ。自分でトイレにも行けないじゃないですか」


 現在僕はおじいちゃんの家に帰ってきている。

 女の子にお姫様抱っこされて家までたどり着いたのはよかったのだけれど、僕を家まで送ったら帰ると思っていた女の子はそのまま僕を看病してくれると言い出した。

 女の子は責任感が強いのか、はたまた困った人を放っておけない性格なのか、それとも僕がそんなに頼りなく見えたのか、検討はつかないが困った。

 そりゃあ嬉しいことは嬉しいんだけど、僕はあまり女の子と話したことが無い。

 偶然女の子と話せたら嬉しいけれど、それは話すという人間の関係性の最初の段階だから仲良くなるきっかけがつかめることに対して嬉しいと思うのだ。

 その段階をすべてすっ飛ばして、女の子と長く話したことも無い僕のような人間がいきなり可愛い女の子にトイレの介助をされたとしても嬉しいと思うよりもまず勘弁してくれと思ってしまう。


「ほんとうに、大丈夫ですよ?壁に手をついていけばトイレには行けますから…」


 嘘だ。

 家に帰って布団に横になったらさらに熱が上がった気がする。

 もう起き上がることさえできるかわからない。

 家族に電話をして来てもらって、それを彼女に説明したら帰ってくれるか。

 もうそんなことを考えるのも億劫だ。

 意識もなんだかはっきりしない。

 右手に誰かのぬくもりを感じる。

 あの子が握ってくれているんだろうか。

 あったかい。

 








 汗でびしょびしょに濡れたシーツが気持ち悪くて目が覚めた。

 まだ目の奥が痛むが、熱は大分下がったようだ。

 右手が誰かの手を握っていることに今更ながら気づいた。

 

「あ、起きましたか?熱はどうですか?」


「ずっと、いてくれたんですか?」


「はい、あの、昔母が風邪のとき手を握ってくれてたんです。すごく安心してよく眠れたので、私もいつか人にそうしてあげたいと思っていたんです」


 そう語る彼女はすごく優しい顔をしていた。

 僕はその顔をずっと見ていたいと思った。

 なんだか胸がドキドキする。

 というか、良く考えたらなんだこの状況。

 初対面の人に看病してもらって、起きるまで手を握ってもらって。

 どどどどどど、どうしよう。

 そういえばまだ彼女の名前知らないし僕も名前言ってない。


「あの、申し送れました橘悠馬と申します」


「あ、私も名前言ってなかったですね。私は神埼美和です。橘さんは高校生ですか?私は今年から大学1年生の18歳なんですけど」


「同い年ですね。僕は今年の春から〇×△大学に入学するんですよ」


「え!?私も〇×△大学です」


「え!?本当ですか!?」


「ええ、同級生だったんですね。敬語やめましょうか」


「そうですね。いや、そうだね」


「これからもよろしくね橘君」


「こちらこそ看病までしてもらっちゃってありがとう。大学でもよろしく神崎さん」


 こんなにスムーズに女の子との会話が進んだのは初めてだ。

 これってもう友達になったって考えていいのかな。

 だってこれからもよろしくって友達だよね。

 いいよね。

 いいのかな。

 いままで女の子の友達がいたことなんて小学校低学年以来なかったからわからない。

 

「あ、でも私はまだもう少し様子見てから帰るよ」


「いや、そこまでしてもらうのは悪いって。もう熱も下がったし、自分でトイレも行けるから大丈夫だよ」


「だめだよ。熱は完全に下がったわけじゃないと思うからまた上がるよ。今動けるなら今のうちにトイレとか済ませておこう?」


 なんだろうこの圧倒的良妻感。

 もう惚れてまうんだけど。

 ていうかすでに惚れてるんだけど。

 あのお姫様抱っこされたところで。

 いや、女の子にここまでされたら惚れない人いる?

 いたらそいつはゲイだ、尻に気をつけて。

 僕は神埼さんに腰のあたりを支えられて言われたとおりトイレにいく。

 神埼さんには悪いけどお願いだから付いてこないでほしい。


「一人で行けるから」


「転んだら危ないよ?」


 本当にどうしたものか。

 この笑顔を男全員にもれなく振りまいているとしたら、嫉妬で狂いそうだ。

 こんな女の子がいてもいいのか?

 神はお許しになるのか?

 誰にでもやさしい女の子なんていう男を狂わせる女の子がいてもいいのか?

 そんな問いかけ自分の中で延々繰り返しながらも、弱い僕は彼女に寄りかかって歩いてしまう。

 柔らかくて発狂しそうだ。

 男はみんな狼だって、この子には誰も教えてあげなかったのか?

 それとも僕がそんなに弱そうに見えたんだろうか。

 いや、それは見えたのではなく実際彼女は僕よりもきっと腕力がある。

 ましてや病床のもやしに彼女を押し倒すことなんてできるわけもない。

 そう考えたら少し楽になった。

 僕では彼女を絶対に襲うことはできなかったのか。

 そうか。

 風邪が治ったら少しは身体を鍛えよう。

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