2.プロローグ2

 ――“幻獣”。

 それは100年に一度復活する“魔王”が副産物として召喚する生物たちの総称だ。

 動物とは似て非なる姿と独自の生態を持ち、この世のことわりから外れた生物である。

 幻獣は存在するだけで生態系が乱れてしまうので、見つけ次第討伐というのが鉄則だ。


「幻獣に関連する全ての権利と権限を専門特権とする、か……。私としては勿論、魔王討伐最大貢献者であるそなたの願いを叶えてやりたいが、その前に聞かせてくれないか? そなたはその専門特権を得て、一体何を成すつもりなのだ?」


 これはとても重要な質問だ。

 私が望む特権を得た時、それで私が何を成すのか。それを父だけではなく、この場にいる全員に理解して納得して貰わなければならない。

 特権を得ることはほぼ確定路線だけど、その特権を振りかざした時に周りの人間が協力してくれるかは別の問題だ。

 この質問の答え次第で、私の計画の難易度が大幅に変わることになる……。


「……国王陛下もご存じのことと思いますが、幻獣は魔王が召喚する生態系を乱す害獣です。その幻獣を研究する為に、私は『幻獣研究所』を設立しました。幻獣研究をさらに促進させれば将来的な幻獣による被害や損害を抑える事が可能となるでしょう! ……そして研究が進めば、最終的にはにも繋がると、私は考えております。専門特権はその為の大きな足掛かりとなるでしょう!」

「魔王という存在の解明!? ……そのようなことが本当に出来ると言うのか?」

「あくまで可能性の話ですが、魔王が幻獣を召喚するのが事実である以上、幻獣から魔王に繋がる手掛かりがあると私は確信しています」

「ふむ……なるほどな」


 私の答えに謁見の間全体が大きなざわめきに包まれた。

 それもそうだ。魔王というのはこの世界の脅威だと皆が知っている。

 ……しかし、その実態については未だに何も解明されていないのが事実なのだ。

 魔王についてハッキリと分かっているのは、100年に一度復活する事、復活すれば無差別に幻獣を召喚し続ける事くらいしかない。

 もし私の言う様に魔王の解明が出来れば、それは人類史上初の快挙になり、人類の歴史が一段階先へ進むことを意味するだろう。


 周りの囁き声に耳を澄ますと、懐疑的な意見と希望的な意見が半々といったところかな。

 肯定的な意見は少なかったが、否定的な意見がほとんど聞こえてこなかったのは幸先が良かった。

 

「……よろしい。ファルタ人類統一王国・国王の名の下に、“カリス・ルーン・ファルタ”に『専門特権』を与える! これより幻獣に関する全ての権利と権限は、カリス・ルーン・ファルタに帰属するものとする! これからも人類の繁栄の為にその力を存分に発揮せよ!」

「はッ! 我が名に懸けて、必ず国王陛下のご期待に応えて御覧にいれます! (やったぁぁああああ!!!!)」


 畏まった姿勢とは裏腹に、私は心の中で特大モーションのガッツポーズを決める!

 こうして、私は無事に幻獣の『専門特権』を得ることが出来たのだった。




 私の表彰が終了した後は、他の活躍した人達が一人ひとり順番に表彰されていった。

 正直言って非常に退屈な時間だ……。他の人の表彰なんて興味が無さすぎる……。

 本当は専門特権さえ貰えれば直ぐにでも帰って計画を進めたかったのだけど、ここに出席している以上は最後まで居なくてはならない。

 これも王女としての私の仕事の一つだから仕方が無いのだけど、興味が無いことで無理矢理時間を取られるのは苦行でしかなかった……。

 

 ようやく苦行から解放されたのは2時間経った後だった。


「お疲れ様ですカリス様。……相当お疲れのようですね」

 

 謁見の間から出てきた私を、シアが心配した様子で出迎えてくれる。

 ……どうやら私の顔は今、相当疲弊した顔をしているのだろう。まあ実際その通りだから仕方ないのだけど……。


「ええ、疲れたわ。こんな事はもう金輪際勘弁してほしいわね……」


 他の人がいる前では絶対に吐けない本音がついつい出てしまったのも仕方がないわよね。

 そんな言い訳を自分に言い聞かせ、私は気持ちを切り替える。

 

「それよりシア、外から聞いていたなら分かるわね? これから忙しくなるわよ!」

「はい、覚悟はできております」

「よし、じゃあ早速行きましょうか。私の聖地へ!」

 

 それから私はまた自室へ戻って外出用のラフな服装に着替えると、シアが用意していた馬車に乗り込み王城を飛び出た。そのまま城門を抜けて王都の郊外に馬車を走らせる。

 そして郊外の小さな森の中に入る。

 森と言っても、奥に続く道は人の手が入りしっかりと整備されているため、馬車での移動は問題ない。

 しばらくの間、窓の外の木々が流れていく光景を無心に眺めていると、突然馬車と木々との距離が遠くなり、森が広く切り拓かれた場所に辿り着いた。

 そして、馬車が停止する。


 さっきまで馬車の手綱を握っていたシアが馬車の扉を開けてくれる。

 私はそれに促されるように馬車から降りて、目の前に現れた建物を見上げた。

 三階建ての大きな建物だ。しっかりとした外見と控えめな絢爛さが見事に調和した美しい造りをしている。

 建物の立地と見た目を考慮すれば、これがお金持ちの別荘だということは簡単に想像がつく。

 まあ、実際にはその通りだ。

 この建物はファルタ王家が所持する別荘の1つで、その中でもここは長年使用されていなかった避暑地の別荘だった。

 その別荘を私が貰い受けて人が住めるように、そして私の理想通りになるようにコツコツと改築したのだ。

 

 でも今日は別荘の中が目的じゃない。私は屋敷をぐるりと回って裏庭に足を運ぶ。

 裏庭は別荘の規模に比例する様に広く、王都の民家10軒くらいなら余裕で収まるスペースがある。

 その広い裏庭の中央を見ると、一匹の動物が芝の上で陽光を浴びて気持ち良さそうに寝ていた。純白で汚れの無い美しい馬体をした白馬だ。

 ……ただし、あれは普通の馬じゃない。それを証明するのは、白馬の背中から生えている鳥のような白い大きな翼だ。

 

「ハウ!」


 私が名前を呼ぶとハウは目を覚まして起き上がり、私に近寄って来る。目の前まで来るとハウの大きさがよく分かる。

 ハウは“ペガサス”という翼を持つ馬の幻獣だ。身体は普通の馬よりも二回ふたまわりも大きく、目線を合わせようとすれば首をらして見上げないといけない。

 それを解っているハウは、ワザと頭を下げて私の目線に合わせてくれる。

 私はハウの頭を抱えて、目一杯撫でてあげる。

 

〈おかえりカリス〉


 その時、直接頭の中にハウの声が響いてきた。

 私は声に出してそれに答える。

 

「ただいまハウ。退屈してなかった?」

〈ううん。カリスがこんないい場所を自由に使わせてくれているから退屈はしなかったよ〉


 それは良かった。

 この別荘は“人”が住めるように改築はしたけど、ハウのような“幻獣”が住めるようにはまだ改築できていない。

 幸いにもハウは新しい環境に満足しているみたいだけど……今後の事を考えたら、ここは早急に対処しなければいけない問題ね。


 私は頭の中で今後の計画に新しい内容を追記して、ハウに『専門特権』を無事に得ることが出来たことを報告した。

 それを聞いたハウは、まるで自分の事の様にとても喜んでくれた。そんなハウを見て、私も嬉しくなる。

 

 ……私の計画は順調に動き始めている。

 この計画にはハウの未来……いえ、“幻獣”達の未来も掛かっている。だから絶対に成功させなければいけない!

 

 私は計画の成功に向けて気持ちを更にグッと気を引き締め直し、シアとハウと一緒に今後の計画に向けて話し合うのだった。

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