第9話 スタートライン
「あー、つっっかれたー」
「さすがに眠いわね……」
証拠を入手した翌日。俺は実家に白石先輩と島崎先輩を招き、自室へ招待した。
「お疲れ様です。これで復讐へのスタートラインに立てました。本当にありがとうございます」
「高梨くんも電話に付き合ってくれてありがとね。あれマジで助かったから」
「いえ、二人の負担が一番大きいんですから、あれくらい当然です」
昨夜、二人は猿司と彩乃がホテルへ入っていく瞬間を撮影すると、ホテルから出てくる場面も撮影するため、張り込みを行うことにした。
だがさすがに外では待てないため、島崎先輩が一時帰宅し、車を持ってくる。あとは猿司と彩乃が出てくるまで二人で交互に仮眠と監視を繰り返して車中泊。
その際、俺は二人の眠気覚ましのために通話を一晩中行っていた。
そして見事に撮影は成功し、長時間の運転を避けるために一時俺の実家へ来たのがここまでの流れだ。
「てか、これでスタートラインなのマジ? 復讐への道のり厳しすぎない?」
「これぐらい分かってたことよ、芽衣。これでも順調な方なんだから」
「ならいいけどさー。でも真面目な話、この証拠をどうやって使うつもりなの? さすがにここまで首突っ込んで身体も張ったのに変な使われ方したら笑えないんだけど」
「それはもう考えてあります。ですが、先輩方は休まれてください。明日も学校がありますし。必要ならベッドも使ってもらって構いません」
「ありがとう、最近疲れが溜まってたから助かるわ」
「じゃあ、遥香、一緒に寝よ!」
「ちょ——ッ、きゃあっ」
島崎先輩が白石先輩ごとベッドへダイブする。
「もう、芽衣! びっくりしたじゃない」
「へへー、遥香の可愛い悲鳴ゲットー」
俺のベッドの上で、顔の距離が近い二人が仲睦まじく身体を寄せ合っている。
二人とも顔が整っている分、なぜか妙に艶かしく見えるような気がする。
「じゃあアタシらこれから寝るけど、変な気は起こすなよ、
「どちらかといえば俺の台詞のような気がするんですが……」
「? どういうこと?」
白石先輩は分かっていなさそうだが、島崎先輩が途端に悪い顔になった。
「あー、なるほど。たしかにこの状況じゃ、そういう想像しても無理ないかー」
ニヤニヤしながら、島崎先輩はさらに白石先輩へ身を寄せる。
「ちょっと芽衣、私にも分かるように説明してほしんだけど」
「簡単だよ遥香。この態勢を見て、高梨くんはアタシと遥香がキスとかその先をおっぱじめないか不安なんだよ」
「な——ッ」
白石先輩の顔が一瞬で真っ赤になる。
「ち、違うから高梨! 芽衣は誰にでも引っ付くだけで、断じてそういう関係じゃないわ!」
「えぇ〜、そうだったかな〜」
「少し前に有紗にも引っ付てたじゃない!」
「記憶にございませーん! それより早く寝よ? アタシもう限界」
「もう、マイペースなんだから……」
島崎先輩が盛大に欠伸すると、白石先輩もつられたように両手で口元を隠しながら欠伸をした。
「すみません、さっきの発言は忘れてください。俺はリビングに居ますので、起きたら降りてきてください」
「おっけー!」
「ありがとう、高梨」
「はい、それでは——」
俺は廊下へ出ると、静かに自室の扉を閉める。
意外にも話し声はしなかった。
予想通り、かなり疲れていたらしい。
「ねぇ、遥香……」
「なに……?」
「あのこと、言わなくていいの?」
「言わなくていいわ。結果は変わらないもの」
「それって高梨くんは知ってるってこと……?」
「高梨は最初に私と会った時こう言ったわ。『第一に猿司』『彩乃はツール』ってね」
「そうなんだ。じゃあ関係ないね。でも……それって私に言っても良かったの? 『浮気されたから復讐する』って話が随分と疑わしくなるよ?」
「そんな話、芽衣は最初から信じてなんかいないでしょ? なぜか私と高梨が一緒にいて、早盛と付き合ってるはずの有紗がいないんだもん。私が言いたいのは、芽衣も今さら他人のふりは出来ないってことよ」
「あー、なるほど」
「でも大丈夫よ。私達が目的を果たせば、芽衣の目的も自動的に果たされるわ」
「じゃあ問題ないか。大好きだよ遥香」
「そういうこと言うから変な誤解されるのよ」
◆◇◆◇
数時間後。
白石先輩と島崎先輩がリビングに降りてきた。
顔色を見るに、よく眠れたようだ。
「おはよう、高梨」
「おはようございます。よく眠れましたか?」
「おかげさまでね。ベッドはしっかり治しておいたから」
「むしろ寝過ぎたぐらい? ってか高梨くんママは?」
「買い物に行きました。なのでさっそくですが、今のうちに会議をしたいと思います」
俺は自分のパソコンを起動し、写真を表示する。
白石先輩と島崎先輩に撮ってもらった、彩乃と猿司の浮気写真だ。
本当にどれもよく撮れている。
島崎先輩がコスプレ撮影に使ういいデジタルカメラを貸してくれたおかげだ。
一枚目が猿司と彩乃が手を繋ぎながら街を歩いている写真。
二枚目が二人がホテルへ入っていく写真。
三枚目が翌朝にホテルからチェックアウトした写真。
この三枚に加えて、俺が用意した彩乃と猿司のSNSのやり取りの写真もある。
「証拠はこれだけでいいの? 今日だって浮気の現場は押さえられると思うんだけど」
「別に裁判で勝とうってわけじゃないです。これだけあれば、誰でも猿司と彩乃の間に男女の関係あると分かりますから」
「それもそっか。尾行するにもリスクがあるしね」
「あとはこれをいつ、どこで、どのように使うかですが……」
「できるだけ他人の目が多いときがいいわね……となると、『L・E』が主催している忘年会が適切かしら」
俺も所属しているサークル『L・E』が主催している忘年会には毎年たくさんの参加者がいる。
時間勝負な一面もある以上、忘年会以降に期限を延ばすのは避けたい。
「俺も同じときを考えていました。ただ、猿司と彩乃が浮気していると会場にいる全員の前で暴露するだけでは不十分です。それでは
「城?」
島崎先輩が首を傾げる。
「物理的な城じゃありません。猿司が大学生になったこれまでの二年間で築きあげた立場、発言力、人間関係のことです。言い換えれば、猿司がスクールカーストで上位に入れている原因を取り除きます」
「どうやって? 言葉だけでもちょー難しそうな感じするけど」
「手段は二つ用意してあります。一つはこれです」
スマホのメモ帳を二人に見せる。
そこには学年、学部、学科を問わず、数十人に及ぶ女子学生の名前が表示されていた。
「猿司が入学してからこれまでの間に、なんらかの関係を持ったと思われる女子学生の名簿です。二人に尾行をしていただいている間に調べました」
猿司に言い寄られた。肉体関係を持った。
関係の深さは人によって様々。真偽も不明ではある。
が、これだけの人数がいればほとんど関係ない。
「すごい……よくここまで調べあげたわね」
「俺にも協力者がいたんです。本当は以前に三人で顔合わせをしたときに連れてきたかったんですが、どうしても外せない用事があったみたいで、それで今日来る予定なんですが……」
するとタイミングよく玄関のチャイムが鳴った。
モニターから顔をすると、予想通りの人物が立っていた。
「少し待っていてください」
俺は玄関に行き、鍵を開けて協力者を中へ入れる。
「ごめん、遅くなった?」
「ギリギリセーフと言っておく」
「それ駄目なやつじゃん」
俺は協力者を連れてリビングで待っている二人の元へ戻る。
すると白石先輩も島崎先輩も、なにかを察したような表情を浮かべた。
「初めまして、白石先輩、島崎先輩。桜崎大一年の高梨沙耶香といいます。翔がいつもお世話になってます」
桜崎大学一年、『L・E』所属。高梨沙耶香。
俺の妹である。
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