第7話 夜伽



 ロンウィ将軍のハーレムは、キフル要塞の、内庭にあった。

 信じられないかもしれないが、テントがたくさん張ってあって、そのうちのひとつが、将軍の住居だったのだ。


 軍の司令官が、中庭で寝るなんて。

 しかも、テントとテントの間には、空を向いた遠距離砲が置かれていたりする。


 小鳥のアミルともぐらのラフィーは、別のテントを与えらえていると言って、さっさと引き揚げていった。飛び疲れ、泳ぎ疲れて、眠いのだ。

 一緒に来るよう誘われたが、後で行くからと言って、俺は、将軍のテントに残った。

 是が非でも、彼に会わねばと思ったのだ。



「やあ、グルノイユ。ここに来たのか」

 夜遅く帰ってきたロンウィ将軍は、俺を見て、それでも、一応は、歓迎してくれたようだった。


 って。

 ハーレムに歓迎されてもなあ。


「ここにはいたくない!」

水かきのついた両手を握り、力いっぱい俺は叫んだ。

「ハーレムで暮らすくらいなら、地獄へ行った方がマシだ! 俺は戦争捕虜なんだから、地下牢でも監獄船でも、どこへなりとも移送してくれ!」


「可愛らしい声で鳴くなあ」

 将軍は目を細めた。

 俺の言葉がわからないんだ。


「じめじめしてたって、病原菌でいっぱいだって、怖い先輩囚人が一緒でも構わない! ハーレムなんかに入れるな!」

 さらに俺は喚きたてた。


「おい、ルイーゼ。この子はなんと言っているのだ?」


 人間と違って、ケンタウロスや人魚など、半人半獣の「形の獣人」は、バイリンガルだ。人の言葉も、俺ら「時間の獣人」が人型へ変わる前の言葉も理解する。


 ロンウィ将軍に聞かれて、ルイーゼは、にやにや笑った。

「偉大なるロンウィ将軍のハーレムに入れて頂いて、大変光栄です、って」


 ちがーーーーーーーうっ!

 ハーレムに入れてもらって光栄?

 誰がそんなこと言うか!


 さらに邪悪な笑みを浮かべ、ルイーゼは続けた。

「この上は、一刻も早く発情して、将軍様の夜伽をしとうございます。つきましては、是非とも、将軍様ご自身の手助けを賜りたいものと……」


 ル、ルイーゼ。

 お前は敵だ!


「うん」

 腹黒いルイーゼにあっさり騙され、ロンウィ将軍は、満足そうに頷いた。

「だが、今はまだ、お前たち二人で充分だよ。おいで、ルイーゼ。シャルロットと一緒に、いつものようにしておくれ」


 いつものように?

 いやいやいや。

 じゃない。


 ケンタウロスのルイーゼを伴って、ロンウィ将軍は、テントの奥に入っていく。奥に設えられた褥に、人魚のシャルットが横たわっているのが、ちらりと見えた。


 俺は飛び跳ね、将軍の誤解を解こうとした。

 だが、ぴょんと飛び上がったところを、待ち構えていた宦官に掬い取られ、テントの外に追い出されてしまった。







 ロンウィは疲れ切っていた。

 リュティス帝国の最大の敵は、東のエスターシュタット帝国。前のリュティス王妃の実家だ。


 リュティス軍は、強かった。

 義勇軍を募り、国民の兵役が実現すると、リュティス軍は、兵士の数で、圧倒的に優位に立った。


 リュティス軍が強い理由は、もうひとつあった。

 司令官だ。彼らの隊長自らが、先頭に立って敵軍に突っ込んでいく。命を惜しまず、真っ先に切り込んでいく司令官。その勇敢な姿に鼓舞され、騎兵将校から、農民上がりの歩兵まで、一丸となって、敵のただなかへなだれ込んでいく。

 傭兵頼みの連合諸国など、敵ではなかった。

 バーバリアン公国はじめ、ゴドウィ河流域の国々は、次々と、リュティスの軍門に下った。


 だが、エスターシュタット帝国はしつこかった。その上、リュティス王と共に国外に亡命した貴族たちが、諸外国の援助を得て、戦いを挑んでくる。

 亡命者たちは、ロンウィや部下の将校、兵士らと同じリュティス人だ。

 リュティス軍は、外国軍ばかりではなく、同胞とも戦わねばならない。そして、亡命軍の中には、ロンウィの親族達も混じっていた……。


 ロンウィにためらいはなかった。

 彼は、皇帝、ナタナエレ・フォンツェルに心酔しているからだ。

 ナタナエレこそが、リュティスを、いや、全世界を平和と幸福に導くと、信じて疑わなかった。


 彼は、皇帝を愛していた。

 どんな仕打ちを受けようとも。



 「明日から、遠征にでかける」

 シャルロットの膝(の辺り)に頭を乗せて横たわると、ロンウィは言った。人間なら、膝枕だ。


「え? 急に?」

 屈みこみ、ロンウィのシャツのボタンをはずしながら、人魚が言う。垂れさがった金の髪が、柔らかく、ロンウィの顔を撫でる。うっとりと、ロンウィは目を閉じた。

「急でもないさ。まずは、ブランデンを叩いておかないと」


 バーバリアンを征服した今、周辺諸邦は、ロンウィの思いのままだ。だが、このまま、西のエスターシュタットへ進軍するには、ブランデンが邪魔になる。

 ブランデンは、強力な騎馬軍団を持つ、軍事国家だ。


「危険ではありませんか?」

「大丈夫だ」

目を閉じたまま、ロンウィは答える。

「俺は、前衛だ。これは、攻撃的偵察に過ぎない……」

 攻撃を伴うが、あくまで偵察行動だ。今回率いていくのは少人数だから、退却も簡単だ。


「あたしも一緒に行く」

足元の辺りから忍び声が聞こえた。

 ルイーゼだ。

 ブーツをそっと脱がす気配がした。


「いや、コラーを使う。君は要塞に残れ」


 不満そうな嘶きが聞こえた。ルイーゼは、軍馬と仲が悪い。特に、大きくがっしりした葦毛、ロンウィの愛馬、コラーとは。


「さ、参りますよ」

 優しい声がした。目を閉じたままのロンウィの体が、ふっと空中に浮かぶ。そのまま、用意されていたバスタブの中へ運ばれた。

 良い匂いのする、温かいお湯に、全身が沈んでいく。

「ふうぅぅぅぅ」

深いため息が漏れた。


 ロンウィは、水浴が好きだ。冷たい川の水に浸かり、普段は、自分で自分の体を洗う。彼は元貴族であったが、決して、召使の手を煩わせることはなかった。

 母国リュティスでは。


 だが、ここは、リュティスではない。そして、シャルロットもルイーゼも、リュティス人ではない。

 彼女らは、リュティスの人が知らない方法で、疲れを癒してくれる。


 風呂から上がると、柔らかい浴布で、全身を包まれた。リュティスにはない、ふわふわとした、毛足の長い布だ。


 ロンウィの体の水気を吸い取った浴布が、そっと取り除かれた。肩から浴衣を被せられ、うつ伏せにされた。4本の優しい手が、体のあちこちをマッサージし始める。

 首筋、肩、腰、ふくらはぎ。

 強く圧しているわけではないのに、うなるほど気持ちがいい。

 全身の澱みが押し出されるような心地がする。お湯に浸かっていた時と同じくらい、体が火照ってくる。


 背中の充分なマッサージが済むと、仰向けにされた。被せられた浴衣の前は、はだけたままだ。

 再び、マッサージが始まる。

 しなやかで優しい手が、首筋、胸、脇をそって、下半身へ降りていく。腰骨の辺りから、次第に中央へ……。


 ロンウィは、目を開けた。立ち上がりかけた自分自身に目を向ける。それは、横たわっていてもわかるほどに、はっきりと自己主張していた。


 シャルロットは、自分の仕事を良く知っていた。彼女は、自分の職分を、忠実にこなす。

 栗色の髪の先が、将軍の内股に触る。将軍の上に、ルイーゼが屈みこんでいる。やわやわと圧する手指が、仰向けの彼の凝り固まった部分を揉み解していく。


 この、異種の娘たちは、人間をくつろがせ、性的に興奮させる方法を、本当によく知っている。

 人間の娘たちより、ずっと。

 ロンウィ自身より、もっとずっと。


 彼は、あまりにも自分を雑に扱ってきた。体中の傷痕は、勇気の証でもあるが、自分を顧みなかった証拠でもある。


 時間は伸び縮み、永遠とも思える快楽が続く。異種の少女たちは、献身的だ。将軍の喜びを最大限に引き出す努力を惜しまない。

 体の喜びが、全てを忘れさせてくれる。

 親族との軋轢も。

 野蛮で残酷な戦闘も。

 そして。

 苦悩に彩られた恋も。


 全ては、異種の少女たちの手で、体の奥からもみ出されていく。彼女らが与えるのは、ただ、喜び。快楽。歓喜。

 それ以外はない。

 純粋な彼女らの奉仕に、将軍は酔う。全てを手放し、無になることを、自分に許す。


 陶酔の後は、深い眠りが訪れる。

 それこそが、戦に明け暮れる将軍が、最も必要としているものだ。







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