パンダに追いかけられる ~ぽんこつ陰陽師土御門太郎

Tempp @ぷかぷか

第1話 パンダがいた。

 俺は昔からわけのわからない事件に巻き込まれるいわゆる『巻き込まれ体質』という奴だ。だからいつもお守りを携帯している。腐れ縁の凄腕ぽんこつ陰陽師にもらったやつだから、案外効果はある。

 それはともかく今回の話もそうだった。

 実にわけのわからない顛末だ。

 始まりはある寒い冬の夜。

 数日前から俺の後ろをとぼとぼとついてくる者がいた。といっても危険だとか怖い存在ではない、と思う、多分。殺気のようなものは欠片もなく、寧ろ悪戯をしているような空気感を感じていた。

 けれど最初にそれを直視したときにはかなり驚いた。なぜなら妙な気配を感じて振り返ると、街灯がスポットライトのように照らすまん丸な光の中心に、それがぼんやりと立っていたからだ。


 一番最初の時は、うおっという変な音が口から漏れたものの、例えばこれが日本人形とかビスクドールであれば反応は違ったかもしれない。走って逃げた気もする。

 けれどもそれはパンダのぬいぐるみだった。少し汚れた、というか二足歩行の足の裏はおそらく結構汚れている気はするが、ともあれ体長30センチほどのパンダのぬいぐるみだ。何だこれ、意味がわからないぞと思いつつ、飛びかかられたりはしないよな、飛びかかられたら上着が汚れそうだ、というやはり何だかよくわからない心配をしながら、結局は近寄りはせずに家に帰った。

 唯でさえわけのわからないものに巻き込まれるたちだ。わざわざ近寄るわけがない。


 けれどもその現象は一回こっきりではなく連日続いた。

 毎晩同じ時間になると、俺の後ろを1メートル半ほど離れてそのパンダがついて来る。気になるような、どうでもいいような、うっとおしいような気分に陥るものの、なんだか煮え切らずだ。

 だから、俺は既にこの怪現象には巻き込まれ終わっていると認識した。既に完了しているなら、終わらせないと終わらない。この関係、つまり意味ありげにパンダが夜な夜なついてくる事態が続くのもなんだかもうイライラするわけで、その日はいつもの帰り道の角を曲がったところで待ち伏せして、パンダが角を曲がるところを捕まえた。

「やった! これでおじさんがカブの餌だ! わーい」

「おいお前、何つう物騒なことを言うんだよ。それに俺はおじさんじゃない、お兄さんだ。まだ28だからな」

「えー」

「それでこれは何の悪戯だ」

「悪戯じゃないもん! おじ、お兄さんも早く次の人に捕まらなきゃダメだよ! そうしないとカブに食べられちゃうからね!」

 何故だかふんぞり返るパンダに困惑は深まった。


 そもそも存在自体が訳のわからないパンダの語る意味不明な話はこうだった。

 このパンダの後ろにはたくさんの捕まった者たち、供物候補がいる。それでその最奥にはカブと呼ばれる大きな鬼がいるらしい。

 そのカブが歩き出したら一番近くの人を食べようとする。そうすると自分を捕まえた人を前に出して『この人の方が新鮮ですからこちらをお食べください』と言う。そうするとカブは『うむ』と頷きその人を食べようとする。けれどもその人も『この人のほうが新鮮で〜』と続け、自分を捕まえた人をさし出す。これを繰り返して最後尾にいる者が食われるらしいのだが、つまり今それは俺になったわけだ。

 カブがうむと頷き?

 さっぱり意味がわからないが、俺はカブに食われるらしい。そんなバカなと思うが、そんなバカな話をしているのもそんなバカなと言える喋るパンダのぬいぐるみだ。そんなバカな。

 だが俺は『巻き込まれ体質』だ。こんなわけのわからない事態も、残念ながら割とよくある。

 そしてその謎の連鎖からなんとなく思い浮かぶ話があった。

「そのカブってでかいのか?」

「そりゃあもう。山のように大きいんじゃないかな?」

「かな? というか逃げればいいんじゃないのか? 俺が全力疾走で逃げて、お前が俺を見失ったらそれで終わりじゃないか」

「そんなことはありません。必ず自分より足が遅いものを狙いますから」


 偉そうに腰に手を当てエヘンとしゃくれるパンダのぬいぐるみを上から下まで眺める。こいつが俺より足が速い? そんなバカな。

「試してみますか? 無駄ですよ?」

「こんな往来で全力疾走しなくても目が届かないうちに逃げりゃいいだけだろ」

「僕はずっとおじ、お兄さんを追いかけてますから。学校では自販機のそばでぬいぐるみのフリをして、家に帰ったら玄関の前で嫌がらせもののフリをして」

「ストーカーかよ。じゃあお前も誰かに見張られてんのか?」

 パンダは意味深に頷き、今曲がってきた壁の向こうを覗くよう指? 腕? で示す。そっと覗いて今度こそ心臓が凍るかと思った。少し離れたスポットライトよろしく街灯に照らされていたのは、パンダと同じくらいの大きさのブリキのロボットだ。それが斜めにかしげて佇んでいた。

 ボロボロに赤錆びている分、パンダよりよっぽど怖い。妙に四角いフォルムを動かせばギギギという音がしそうだ。これに毎晩追いかけれるならお祓いが必要な気がするな。でも。


「あれはそんなに足が速いのか? 逃げられないほど?」

「お、兄さんはまったくわかっていませんね。あれはロケットブースターで空を飛ぶんです。敵うわけないじゃないですか」

「うーん?」

 そんなハイテクなものが? 市販のロボットにそんなものがついているはずがないだろうと頭の片隅によぎるが、市販のぬいぐるみやロボットは話したり自立して動いたりはしない。

「つまりお、兄さんはお兄さんを捕まえてくれる生贄を探さないといけません」

「それはつまり俺に俺の代わりに食われる候補を探せってことだろ? 俺を捕まえるような奇特な奴なんているかっていう前に、流石にそれは気がとがめるわ」

「何故です? 弱肉強食でしょう?」

 どう見てもかわいらしく首をかしげるパンダのぬいぐるみに弱肉強食いわれてもな。そもそもカブは食いもんじゃないのか。うーん。

「今カブはどういう状態なんだ?」

「地面ですくすくと育っています」

「その間に叩き割っちゃだめなのか?」

「それが恐ろしく硬いのです。どんな武器を持ってしても不可能でした、と思います」

 どこかオドロオドロしそうに喋るパンダはやはり、ちっとも怖くはない。

「カブは近づいたら襲ってくるのか?」

「いえ、きちんと育つまでは普通の根菜と同じように地面に埋まって寝ています」

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