第14話 さよなら~SIDEジェラルド~

 シェリーの去った執務室に一人ジェラルドは立ち尽くして、そしてシェリーの腕を掴んでいた右手をゆっくりと下ろした。

 息を飲み、そして彼の視線はしばらく床に注がれた後、写真の女性に移された。

 ゆっくりと自分の席に戻ると、彼はそっと写真立てを手に取って眺める。

 ジェラルドは彼女との日々を思い出した。


 彼女──ローラとの出会いは今からちょうど10年前だった。

 ローラは聖女の名にふさわしい美しい女神のような見た目をしており、黒髪を靡かせて修道院を歩く様は誰もが振り返りそして惚れた。

 そんな中ジェラルドとローラは修道院で出会い、何度か会ううちに二人は惹かれ合っていた。


『今日も寄ってくださったのですね。ありがとうございます』

『ああ、仕事で近くにいたからな』


 嘘だった。

 ジェラルドは公務を抜け出して彼女にわざわざ会いに毎日来ていた。


 やがて婚約者となった後は修道院では歓迎されたが、王宮内や貴族間では王子が修道院の子と婚約するとは、ということで多くの人が反対した。

 身を引こうとまで考えたローラだったが、彼はそれでも身分は関係ないと彼女を溺愛して愛した。

 そんな彼の愛にローラは応え、聖女の癒しの力を使ってなんとかジェラルドにかけられた魔女の呪いを解こうとしたが、解けなかった。

 彼女は呪いを解けなくても進行を遅らせることはできると、必死に癒しの力を使った。


 そして、とうとう力尽いてしまった。


『セドリックっ! ローラは?!』

『昨日の夜息を引き取られました』

『──っ!』


 悲痛なジェラルドの声が部屋中に響き渡り、さすがのセドリックも目を閉じて唇を噛んだ。

 ローラはまだ25歳であった。

 ジェラルドと婚約者であった期間はわずか1年にも満たなかった。

 それでも、二人は将来を約束しあって想いあっていた──



 そんな彼女との思い出と共に、そっと写真を撫でる。

 同時に頭の中にシェリーの笑顔と、そして最後に見た傷つきそして涙を目にためた姿が浮かんで頭を抱えた。


 しばらくの間ジェラルドは考え込み、頭の中では彼女との思い出と言葉、そして声が流れていた。



『陛下、いつもありがとうございます』


『陛下、ダメですよ。ご公務をさぼっては』


『陛下、いつも素敵な贈り物ありがとうございます』



 彼女の笑顔と、そして最後に見た生気を失った顔を思い出す。


「ローラ、私は……」



 すると、セドリックがドアをノックした後、書類を手に山ほど抱えて執務室に入ってきた。


「陛下、今そこでシェリー様とすれ違いました」

「ああ」

「……ローラ様のことですか」

「彼女の写真を見られた。うっかりしていた」


 セドリックは控えめにため息を吐いた後、書類をジェラルドのいるコーヒーブラウンの机に置いた。

 そして主人のほうに身体を向けて語り始める。


「また死なせるのですか?」

「え?」

「ローラ様は確かに陛下を想って、そして力尽きてなくなりました。ですが、シェリー様はまだ生きています。まだ間に合う」

「──っ!!」


 その言葉にジェラルドは目を見開き、そして少しの間考えたあとセドリックを見つめた。

 覚悟の宿った目を見てセドリックは書類に目を通しながら言う。


「スコット伯爵との会議は1時間後です。それまでには戻ってください」

「ああっ! 必ず戻る!」


 ジェラルドはセドリックの横を通り過ぎて部屋を飛び出していった。




 廊下を走ってシェリーの元へと向かいながら彼女との言葉を思い出す。



『私はまわりを不幸にしてしまうんです』


『あなた様の婚約者になれて嬉しいです』


『ジェラルド様が初めてです』



 ローラと同じ純真無垢だが、それでも彼女とは違いシェリーは可愛らしく感情表現が豊か。

 それでいて、笑顔が輝いていて一生懸命でそして、傷つきやすい。


 ジェラルドは一度立ち止まって、目を閉じるとローラの顔を思い浮かべながらそっと呟いた。


「さよなら、ローラ。私はもう君に捕らわれない。もう君のような悲しい思いをさせない。シェリーを大事にして、そして必ず守る、死なせない」


 ジェラルドは再び走り始めて別れを告げた。


 さよなら、ローラ──



 ジェラルドはシェリーの部屋の扉を開けた──

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