第10話 騎士の末路と木こりの役目

 アルジムの一件から数日後。

 街の見回りをしていたメストとシトリンは、目を光らせながら事情聴取の時のこと思い出していた。


「一先ず、あの少年の話とその前に聞いた女性の話は本当だった。だが……」

「うん。まさか本当に、しょうもない理由でアルジムが平民に剣を向けていたなんてね」

「全くだ。これでは、騎士の面目丸潰れじゃないか」

「そうだね。それに、騎士が平民に対して横暴を働くことが日常茶飯事だったなんて」

「あぁ、そうだな」



(本当、この王都の騎士はどこまでも腐っているな)


 事情聴取で聞いた王都の現実に、メストは思わず顔を歪ませる。



「それに、アルジムにまともに話を聞けないまま、アルジムは『お咎めなし』なったんだよね」

「そうだったな」



 親子の事情聴取を終えたメストとシトリンは、そのままアルジムの取り調べを行おうとした。

 しかし、2人が親子の事情聴取をしている間に、下級騎士であるアルジムのこと可愛がっている他の上級騎士達が強引に取り調べをしていた。

 結果、アルジムを取り調べすること出来なかったメストとシトリンは、仕方なく騎士団長に事情聴取の結果のみを報告した。

 その後、アルジムに下された処罰を騎士団長から聞いた2人は言葉を失った。



「辺境にいた頃から大雑把なところがあったが、騎士団を統率する長として人の善悪を真っ当に見極められる人だと思っていたんだが……正直、少し失望したな」

「そうだね。辺境にいた頃は『騎士として恥ずべきことをしたバカは、俺が直々に鍛え直してやる!』って目を光らせていたものね」



(執務室で報告をしている時、あの人は大きな椅子に深く腰かけながら、俺たちの話を真剣に聞いたはずだが……)


 ペトロート王国全騎士団のトップにして近衛騎士団団長。

 そして、メストとシトリンが騎士学校を卒業してすぐ、辺境に配属された時からずっとお世話になっている上司の甘すぎる判断は、2人を落胆させるには十分すぎる判断だった。



「そういえば、って王都では有名人だったんだね」

「彼?」



 少し疲れた顔をしたメストが首を傾げると、シトリンが小さく笑みを零した。



「ほら、事情聴取の最後でメストが親子に聞いていた彼のことだよ」

「あぁ、彼のことか」



 シトリンの言葉で思い出したメストは、再び数日前のことを思い返した。





「最後に、彼は一体何者なのですか?」



 それは、被害者であり当事者である親子の話で、2人が駆けつける前に出会った女性から聞いた話が事実だったことが判明した時。


(正直、正気の沙汰としか思えない愚行であったが)


 駆けつけた時のアルジムを思い出したメストは、机の上に置いていた手で拳を作ると、不意にアルジムと対峙していた平民のことが頭に浮かんだ。



「『彼』というのは?」

「レイピアを持った木こりの彼のことです」

「あぁ、あの人ですか。あの方は、この街では有名な人ですよ」

「そうなのですね」



(アルジムが去った後、彼の周りにたくさんの平民が集まったから、そうなのかもしれないと思っていたが……)


 メストの言葉に張り詰めた表情をした母親が表情を緩ませると、母親の隣に座っていた少年が身を乗り出した。



「あの木こりのお兄ちゃん、本当に強いんだよ! だって、 僕たちのことを守ってくれるから!」

「いつも?」



(確かに、俺たちが来ても酷く冷静ではあったが……まさか!)



「もしかして、騎士が平民に対して横暴を働く度に、彼が平民を守っているのですか?」

「そうです。あの方は、携えているレイピアを使って、平民に危害を加えようとする騎士達を叩きのめしてくれるんです」

「ちょっ、ちょっと待ってください! あのレイピアは、彼の持ち物なのですか?」



(てっきりどこかから借りてきた物かと思っていた)



「えぇ、普通の平民なら持つことすら不可能なレイピアを彼は常に帯刀しているのです」

「なっ、なるほど……」



(まぁ、騎士が無実の平民に剣を向けること自体問題なのだが、彼はそんな騎士達から平民を守っているのか。しかも、この国では貴族しか持っていない剣を使って)



 ペトロート王国で流通している剣は、どれも一本が平民の年収に相当するため、剣を持っているのは貴族か王族とされている。

 そのため、王国騎士団に所属している騎士の大半が貴族出身で、アルジムやメストやシトリンも貴族出身だ。


 すると、メストの頭に木こりの言葉が不意に蘇った。



『あなた達だって騎士じゃありませんか』



(彼にとって騎士は平民に、危害を加える迷惑な奴としか思っていないのだろう。そしてそれは、彼以外の平民も同じで……)


 木こりのことを自慢げに話してくれた母親に礼を言ったメストは、机の上に置いていた拳を再び握った。

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