第6話 メストの判断

 メストの紳士的な優しい笑みに、少しだけ表情が和らいだ少年は、母親の手を握りながら証言した。



「そこのお兄ちゃんは、僕とママに剣を向けてきたおじさんから庇ってくれたんだよ!」

「おっ、おじ……」

「そうなのか?」



 メストは2人の当事者に視線を向けると、アルジムはダラダラと汗を垂れ流しながら首を大きく横に振る。



「ちっ、違います! 私はただ、そこにいる奴が、親子に剣を向けているところを目撃し……」

「嘘だ! おじさんは僕が鎧にぶつかった時、怖い顔で『土下座して謝れ!』って言っていた!」

「土下座だと!? 貴様、本当にそんなことを強要したんだな!!」

「ちっ、違いますって!」



(平民の女性から事のあらましを聞いていたが……こいつ、本当にそんなことを!!)


 騎士としてあるまじき愚行に、メストは忙しなく首を振るアルジムにつかつかと近寄ると、激しく問い詰め始めた。



「ってことだけど、少年の話って本当?」



 メストがアルジムを問い詰めている隙に、シトリンは優しい笑みで剣を下ろした木こりを問い質す。



「さぁ、あなた方がみてはいかがですか? この街にいる騎士の皆様は、そうしてしていますから」

「そう……」



(『信じたい方を信じて』ねぇ)


 無表情で淡々と答える木こりに、シトリンはそっと息を吐くと烈火のごとく問い詰めている第4部隊隊長に声をかける。





「メスト、そろそろ撤収しようか。後は、事情聴取だってあるからね」

「えっ!? 事情聴取があるのですか!?」



 驚きの声を上げる母親に、シトリンが優しく説明する。



「えぇ、このようななってしまいましたから。近衛騎士団としては、ちゃんと調べないといけません」

「そっ、そうですか……」



(あれっ? どうしてそんな表情をしているの? 『事情聴取』って言葉にも過剰に反応していたし……)


 僅かに顔を青くしながら視線を逸らしている母親に、シトリンが首を傾げているとメストが戻ってきた。



「おかえり、収穫はあった?」

「いいや、全然。とりあえず、騎士団に戻ってからじゃないと始まらないな」

「了解」



 酷く疲れたような顔をしたメストが大きく息を吐くと、すっかり怯えきっているアルジムに鋭い眼光を向ける。



「アルジム!」

「はっ、はい!!」



 メストに名前を呼ばれ、顔面蒼白のアルジムが姿勢を正して騎士としての綺麗な敬礼をする。



「貴様の行いが騎士としてあるまじき行為であることは明白だ。よって、貴様の愚行は団長と副団長に報告する。そして、処罰も団長と副団長に裁定していただく」

「だっ、団長ですか!?」



 メストの口から『団長』いう言葉が出た瞬間、顔面蒼白のアルジムの額から再び滝のような汗が流れ始めた。



「そうだ、隊を率いる者でしかない俺に、貴様の行き過ぎた行いを裁定するのは無理だからな。どうした、何か不都合か?」

「いっ、いえ! ただ、お忙しい団長と副団長に私のような一団員のことで時間を割いて頂かなくてもよろしいかと……」

「貴様こそ何を言っている? 王国騎士が無実の平民に剣を向けたのだぞ? それとも何か? 貴様は平民に対して簡単に刃を向けていいと思っているのか?」

「いっ、いえ……」



 視線を彷徨わせるアルジムに、目が笑っていないシトリンが追い打ちをかけた。



「それに、言ってなかったけど僕たち、実はここに来る前に状況の把握は済ませているんだ。だから、君の愚行はここに来る前に知っていたんだよね」

「だから、同じ騎士である私の話を聞いてくれなかったわけですね」

「はぁ? 何を言っている。お前の話は俺がちゃんと聞いただろが」

「でしたら、私の行いは騎士として正当なものであると理解していただけ……」

「そういうのは、処罰を決める団長と副団長に言ってね。あっ、でも団長と副団長ってこういうのかなり厳しいから、それ相応の覚悟を持って言った方が良いよ」



 シトリンの言葉で戦意喪失して膝から崩れ落ちたアルジムは、落とした大剣を拾って鞘に納めた。

 すると、周囲にいた騎士達にメストが指示を出した。



「悪いが貴様達にも一緒に来てもらう! アルジムと同じく、貴様達も平民に剣を向けたのだからな。そうと分かったら、アルジムを連れてさっさと騎士団に戻れ!」

「「「「「「はっ!!!!!!!」」」」」



 一斉に敬礼をした騎士達は放心状態になったアルジムを回収すると、無駄のない動きで人だかりを掻き分けると、そのまま騎士団本部へと戻った。


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