木こりと騎士〜不条理に全てを奪われた元宰相家令嬢は、大切なものを守るために剣をとる〜
温故知新
第1章 木こりと騎士は再会する
第1話 ワケアリ木こりの人助け
「私、メスト様のお嫁さんになりたいんです! だから、この場所にあなたを連れてきました!」
澄み渡る青空の下。
心地良い風が吹く花畑で、お気に入りのピンクのドレスを着た幼い貴族令嬢は、目の前にいる幼い貴族令息にプロポーズをする。
淡い緑色の瞳を輝かせた令嬢に、水色の瞳を大きく開かせた令息は嬉しそうに口角を上げ、日の光を浴びて輝く長い銀髪を揺らす令嬢の小さな頭を優しく撫でた。
「なら、その時は俺がフリージアを迎えに行こう」
(優しく笑う小さな婚約者に、幼い頃の私は満面の笑みで頷いた)
白い花々が咲いている秘密の場所で、大切な人と交わした小さな約束。
そんな約束すら出来ないと分かった時、平民は令嬢を殺した。
「それでは、よろしくお願いいたします」
「あいよ! 木こりの兄ちゃん! 明日もよろしく!」
浅黒く焼けた肌に体格の良い店主が、木こりの恰好をした人物に爽やかな笑みを浮かべる。
そんな店主に、木こりは目元だけくり抜いたアイマスクをつけたまま、こげ茶色のベレー帽のつばを持つと小さく会釈をして店を後にした。
「それにしても、『木こり』って呼び名が定着しちゃったわね」
(まぁ、今の私に名乗れる名前が無くて、会った人に『好きに呼んでください』と言っているうちに、いつの間にか呼ばれるようになったんだけど)
『フリージア、早く逃げるんだ!』
不意に蘇った父の声に、足が止まった木こりは息を吐くと懐に入れていたリストを広げた。
「さて、全ての得意先に本日の納品分の木材は卸し終えたし、後は村人達から頼まれた買い物を……」
「キャーー!」
(はぁ、またか)
突然女性の悲鳴が響き渡り、人々が何事かと足を止める中、小さく溜息をついた木こりは、帯刀していたレイピアの鞘を強く握り締め、足元に透明な魔力を纏わせる。
「木こりさん!」
すると、木こりの姿に気づいた店の主が、険しい顔をしながら店の奥から出てきた。
「あんたのことだから大丈夫だと思うが……あんた、男にしちゃあ女みたいな華奢な体をしているから、十分気を付けるんだぞ!」
店主から激励に僅かに笑みを零した木こりは、店主に向かって小さく頷くと視線を前に戻す。
(絶対に、守ってみせる)
足元に纏っていた魔力を弾け飛ばした木こりは、そのまま声が聞こえた方へと駆け出した。
足元に魔力を弾け飛ばしながら走ってしばらく、木こりの前に多くの人だかりが現れた。
(どうやら、さっきの女性の悲鳴に気づいて集まった野次馬ね)
野次馬集団の前で立ち止まった木こりは小さく溜息を零す。
すると、平民の男が木こりに駆け寄ってきた。
「木こりさん! 待っていましたよ!」
男性の言葉で木こりの存在に気づいた野次馬達は、皆一様に表情を綻ばせるとすぐさま道を開けた。
(皆さま……)
集まった人達の気遣いに頭を下げた木こりは、自分の前に出来た一本道を駆けると、飛び込んで来た見慣れた光景にゆっくり足を止めた。
(やっぱり、そうだと思ったわ)
心底溜息をついた木こりの視線の先には、広場の真ん中で金色の鎧を纏った恰幅の良い騎士が、倒れこんでいる親子に剣を向けていた。
すると、木こりの方を見た母親が小さく口を動かす。
『たす、けて』
声にもならない声で助けを求める母親に、木こりは鞘からレイピアを抜くと構えた。
(さっきと同じ強化魔法を使うイメージで)
心の中で呟いて足元に纏った魔力を弾け飛ばした木こりは、騎士に向かって一直線に突進を仕掛ける。
「っ!?」
木こりの乱入に気づいた騎士は、持っていた片手剣で木こりのレイピアを受け止めた。
カキン!!
金属音が辺り一帯に響き渡った刹那、すぐさま騎士から距離を取った木こりは、恐怖で怯える親子を庇うように剣を構え直す。
「あっ!! 木こりの人だ!!」
母親の腕の中で怯えていた少年は、木こりの後ろ姿に目にした途端、無邪気な笑みを浮かべた。
そんな少年に向かって一瞬だけ笑みを零した木こりは、すぐさま視線を騎士に戻した。
「貴様! 一体何のつもりだ!! 俺は今、お前が庇っている親子に正義の鉄槌を下すところだったんだぞ!」
剣の切っ先を向けながら怒鳴る騎士に、後ろにいた親子は小さく悲鳴を上げた。
(全く、この国の騎士は相変わらず……)
騎士の態度に、怯えるどころか冷たい視線を向ける木こりは、レイピアを構えたまま少し高いアルト声で淡々と状態説明をした。
「「『何のつもり?』って、見れば分かりますでしょ? 私はただ、何の躊躇いも無く平民に剣を向けている騎士から、剣も魔法もほとんど使えない無力な平民の親子を守っているだけですが?」
「っ!? 貴様、この愚民どもが騎士である俺に対して何をやったか知っているのか!」
唾を飛ばしながら声を荒げる騎士に、木こりは一瞬面倒くさそうな顔をすると、小さく溜息をついて少しだけ剣を降ろした。
「知りませんよ。ですから、教えてください。この親子があなたたち騎士様に一体どんな狼藉を働いたというのですか?」
(まぁ、本来守るべき平民を愚民呼ばわりしている時点で、しょうもない理由なのは理解出来たけど)
この国を守護するはずの騎士の実態を嫌というほど知っている木こりは、心底呆れながらそんなことを考えた。
そして、その考えは空しくも当たってしまった。
「そこにいるガキがなぁ、俺の着ている特注の鎧にぶつかったくせに、土下座で謝らなかったんだ!」
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