第3話



 街の外へと向かったクラフは、すぐに【ビギニング平原】へと到着する。そこには、ただ広大に広がる平原が続いていた。



 ビギニング平原は、その名の通りFLOSを始めて最初にモンスターが出現する場所であり、すべてのプレイヤーが一番初めに戦闘を経験する場所でもある。



 それはクラフも同じことであり、彼自身も戦闘する目的でこの平原にやってきているのは理解していた。だが、脊髄反射的に思わず出た言葉はまったく異なるものであったのだ。



「採取ポイントはどこだ?」



 そう、クラフは無意識のうちに素材アイテムが手に入る場所を探していた。彼にとって、こういった場所はモンスターと戦う場所ではなく、生産活動をするうえで必要な素材を手に入れるスーパーのような場所であり、モンスターもまた素材が手に入るギミックのようなものと考えている。



 しかし、戦って素材を手に入れるよりも、採取ポイントからアイテムを手に入れる方がクラフにとって難易度が低いため、そちらの方に意識が向くのは仕方のないことなのかもしれない。



「お、あったぞ。どれどれ……」



 さっそく採取可能なポイントを発見したクラフは、アイテムを手に入れるべく動き出す。FLOSにおける採取ポイントでの採取法は、採取成功判定の成否のため、扇形のメーターのようなものが出現し、それが増えたり減ったりを繰り返している。ある特定の場所でそれを止めることができれば採取成功となり、そのポイントで入手可能なアイテムを獲得することができる。



 そして、その中でも止めるのが難しいど真ん中で止めることができれば、超成功となり、入手できるアイテム数が二倍となるという仕様となっている。ちなみに、失敗すれば入手できるアイテムはゼロであることは言うまでもない。



「ほい、ほい、ほい、ほい、あほい」



 こういった仕様のゲームはクラフト系ゲームにもよくあるため、クラフの得意とする分野であった。



『超成功!! 【ヒーリングプラント】を二個入手しました』


『超成功!! 【ヒーリングプラント】を二個入手しました』


『超成功!! 【ヒーリングプラント】を二個入手しました』


『成功! 【ヒーリングプラント】を一個入手しました』


『超成功!! 【ヒーリングプラント】を二個入手しました』



 スロットの目押しのように寸分違わぬ精度で押した結果、五回中四回が超成功というとんでもない結果を叩きだしたのだった。



 その結果は、客観的にみれば十分な成果と言える。だが、あと一回超成功であればパーフェクトだっただけに、クラフは少々不満気な様子だ。



「惜しい。あと一回成功で超成功五連続だったのに。よし、こうなったらもう一回採取ポイントを見つけて――ぐはっ。な、なんだ今の衝撃は!?」



 次こそはパーフェクトを目指すぞと息巻いていたクラフだったが、そんな彼に突如として衝撃が襲った。いきなりのことで驚いたが、クラフが振り返って見てみると、その衝撃の正体がそこにはいた。



「ふるふるっ」


「スライムか。いきなりの奇襲とはいい度胸だ」



 そこにいたのは、不定形のモンスタースライムだ。柔らかい体をふるふると震わせながら、クラフに向かって威嚇するかのように蠢いている。その姿が、冒険者ギルドで見た受付嬢の胸に見えてしまい、邪な考えをクラフは振り払う。



 兎にも角にも、元々ビギニング平原にやって来た目的は冒険者ギルドで受けたクエスト【スライム三匹の討伐】であるため、クラフはさっそくスライムと戦うことにした。



 装備していた木の棒を構え、臨戦態勢を取る。その姿はどことなくへっぴり腰で頼りない。スライムも相手の様子を窺っているようで、ふるふると体を震わせながら何もしてこない。



「いくぞぉー! ていっ……あれ? ぐふっ」



 助走をつけてスライムに近づいていくも、攻撃のタイミングが合っておらず、スライムのいる位置より手前の場所に振り下ろされた木の棒が地面に叩きつけられる。それを見計らっていたのか、はたまたタイミング的にたまたまだったのかはわからないが、振り下ろし攻撃の直後の隙を突かれ、腹にスライムの体当たりが直撃する。



 先ほどの攻撃と合わせ、累計七ポイントのダメージを負ってしまい、クラフの残りHPはこれで十九ポイントとなっている。平均ダメージが三と考えれば、あと七回か六回攻撃を食らえばおしまいである。



「くぅー、やるな。さてはお前、ユニーク個体だな?」


「ふるふる?」



 どことなくスライムが「何を言っているんだこいつは?」というような雰囲気だったが、クラフがそれに気付くことはない。当然のことだが、目の前のスライムはただのスライムであり、決して特別なスライムではない。では、なぜここまでクラフが苦戦しているのかといえば、単純な話彼が戦闘が下手だからである。



 現実世界において、クラフは特に運動音痴という訳ではないのだが、ことゲームの戦闘という状況になった際、絶望的にポンコツな状態になってしまうのだ。



 彼が初めてVRで戦闘を行った際、その時も同じく相手は最弱のスライムだったのだが、泥仕合に次ぐ泥仕合が展開され、結局敗北するという悲惨な結果に終わっていた。



「ふるふるっ」


「おわっ、あぶない! 掠っただけでこのダメージ。やはりスライムは侮れん……」



 正面から突撃してきたスライムの攻撃を躱そうとしたクラフだったが、少し掠ってしまっていたようで、それがダメージ判定となり、彼のHPはこれで残り十七ポイントとなってしまう。



 そして、ここで初めてクラフはスライムの情報を得るため、鑑定を使う。そこに表示されたスライムの情報に、彼は驚愕することになってしまった。





【名前】:スライム


【性別】:♂


【職業】:なし


【ステータス】



 HP 5


 MP 1


 STR 3


 VIT 3


 AGI 2


 DEX 2


 INT 2


 MDN 1


 LUK 0



【スキル】


 初級物理耐性・下Lv1、体当たりLv1





「ユニーク個体ではない……だと?」



 クラフがスライムの情報を知って出た言葉がそれだった。自分が対峙しているスライムが、ただの通常種のスライムであることを知ったことで、相手が強いのではなく自分自身が絶望的にポンコツであるということを自覚させられてしまったのだ。



 元々戦闘が苦手という意識は持っていたものの、ここまで酷いものなのかとクラフの中で複雑な感情が渦巻いていた。



「ぐはっ、ま、まずい!」



 そんなことを考えていると、スライムの体当たりがクリーンヒットする。さらに運が悪いことに、その攻撃がクリティカル判定となってしまい、十ポイントという大ダメージを受ける結果となった。これで一気に残りHPが七となってしまう。俗に言う危険ゾーンである。



「そ、そうだ! 初心者用ポーションだ。焦って肝心なことを忘れていた。これで回復する!」



 死に戻りが見えてきたところで、クラフに焦りが見え始める。だが、そこで彼は自分が回復する手段を持っていることに気付き、体力の回復を図るため、手持ちにある回復アイテム【初心者用ポーション】を使用する。



 出てきたのは、フラスコ型ではなく試験管型の容器にコルクで栓をされたポーションだった。クラフは栓を抜き、即座に試験管の中の液体を飲み干す。ちなみに、ポーション系のアイテムは飲むだけでなく、体にかけることでもその効果を発揮するため、時間がないときやパーティーを組んでいる仲間を回復させる時になどはかける方が使い方としては主流だ。



「うーん、ポカリの味だ……」



 クラフが飲んだポーションの味は、子供の頃風邪を引いた時によく飲むスポーツ系ドリンクの味に酷似していた。なぜその味をチョイスしたのか運営に問い詰めたくなる衝動を押さえつつ、ポーションの効果により彼のHPは全回復する。



 これで危険域を脱したクラフだが、現実的な問題が現在進行形で発生している。それは、未だにスライムにダメージを与えていないのだ。



 このままでは、ただ初心者用ポーションを一本無駄に使っただけであり、その使わされた相手がFLOS最弱モンスタースライムという不名誉が残るだけであり、それは何としても避けねばならない。



「よーし、こっから反撃じゃぁー!!」


「っ!? ふるふるっ」



 何の考えもなしに突撃したクラフの攻撃がスライムにヒットする。だが、へっぴり腰から繰り出された攻撃は体全体で攻撃したというよりも手で振り下ろしただけの軽い攻撃だったため、体重の乗った重い攻撃にならず、そのダメージは僅か一というお粗末な結果となった。



 それから、さらにクラフの攻撃が当たらず、スライムの攻撃を受けてポーションで回復するという泥仕合を繰り返し、最終的にスライムを撃破できたのは、彼が攻撃を繰り出す回数が五十を超えてからであった。



「はあ、はあ、はあ、はあ……や、やったぜ。やってやったぜ、この野郎が……」



 肩で息をしつつ、その場に仰向けになって倒れる。結局クラフの初戦の結果は、スライムを撃破するというものであったが、その内容は散々な結果となった。受けた総ダメージは六十六ポイント、使った初心者用ポーションの数は三個で、与えたダメージは五ポイントかつ総攻撃回数五十八回というとんでもない戦闘リザルトを叩き出した。まさにポンコツの極みである。



 それでも本人は達成感に満ち溢れており、過程がどうあれ、スライムを撃破できたことに変わりはないということで、クラフは満足していた。しかし、忘れてはいけない。クラフが戦った相手はFLOS最弱のモンスターであり、彼が受けたクエストを達成するには、あと二匹のスライムを倒さなければならないということを……。



「よし、採取を続けますか」



 このあと採取作業を黙々とこなし、それなりの収穫があったものの、スライムとの戦闘ですべての初心者用ポーションを使い切ってしまい、これで回復手段を失ってしまった。



 だが、悪いことばかりではなく、スライムから手に入る素材もゲットできていることに加えて、この戦闘によって生産職人見習いのレベルが2に上がったことは僥倖であった。



 そして、新たに【物理防御強化】と【武器命中補正】というスキルが発現し、物理攻撃を受けるダメージの軽減と武器を使った攻撃の命中率が強化されたのだった。



「うーん、ポーションも無くなったし、とりあえず今回はこれで勘弁してやろうじゃないか」



 あれだけスライムに苦戦しておきながら、謎の上から目線でビギニング平原を後にするクラフだったが、それを見ている者は誰一人としていなかったため、彼に突っ込む人間はいなかった。



 クエストを達成し、意気揚々と街へと帰還したクラフは、転移機能で冒険者ギルドへと舞い戻ってきた。ギルド内は先ほどとは打って変わってプレイヤーの数が激減しており、静寂に包まれていた。



(あれ、おかしいぞ? あれだけいたプレイヤーたちはどこへ行ったんだ?)



 クラフはFLOSが初めてであったため気が付いていないが、こういったことはFLOS内では日常茶飯事で起こっている現象だった。どういうことかといえば、以前FLOでは不埒な行いをしていたプレイヤーがいたのだが、今はそういったプレイヤーたちは表に出てくることはあまりない。



 しかしながら、先ほどギルドにいた男たちのように、規約すれすれの黒に近いグレーのような行為を行うプレイヤーは後を絶たず、運営も規約に違反していないということで、ペナルティを与えることができないでいた。



 そこで立ち上がったのが、女性プレイヤーたちである。運営単独では罰することができないが、プレイヤーがGMコールなどのハラスメント行為を目撃したり、実際に被害に遭ったりしたことを運営に報告すれば、話は変わってくる。



 被害に遭った人間が実際にいることで、罰することができないプレイヤーを罰する大義名分ができ、そういった行為をするプレイヤーに対し、ペナルティを与えることができるようになるのだ。もちろん、誤報の可能性を鑑みて一定の調査は必要になってくるものの、そういった場合報告してきたプレイヤーがスクショやムービーなどの動かぬ証拠と共に送られてくる場合がほとんどであるため、調査する余地もなくアウトにすることができるのだ。



 そんなわけで、クラフがいなくなった後そういったプレイヤーたちが一掃され、彼らを見張っていた女性プレイヤーたちは、任務完了とばかりに三々五々に散って行ったのである。



 妙に静かになったギルドを不審がっていたクラフだが、細かいことは気にせずに受けたクエストの報告をすることにした。



「おめでとうございます。確かに【スライム三匹の討伐】を完了できてますね。では、こちらがクエスト達成の報酬300ゼニルとなります」



 受付嬢にクエストを報告すると、クエスト報酬である300ゼニルが支払われた。これでクラフの所持金は1800ゼニルとなる。



 これで戦闘に関するチュートリアルが完了したのだが、クラフは一つだけ大事なことを見落としていた。ビギニング平原で【スライム三匹の討伐】のクエスト中、クエストのターゲットとなるスライムと出会った際、“戦闘チュートリアルを行いますか?”という戦闘に関する具体的な手ほどきのようなイベントが発生するはずだった。だが、クラフはその戦闘の手ほどきというイベントが発生しなかったのだ。



 本来であれば、バグとして運営に問い合わせる案件だが、実のところはバグではない。では、どういうことかといえば、すべての原因は言わずもがなクラフ本人にある。



 彼がスライムと出会った時、確かに“戦闘チュートリアルを行いますか?”というメッセージは表示されていた。だが、そのメッセージにクラフが気が付かなかったのだ。



 そんな大事なメッセージを気付かないことがあるのかと疑問に思うだろうが、その時彼は採取ポイントで手に入れたばかりのアイテム【ヒーリングプラント】というアイテムを鑑定中で、スライムが背後にいるにも関わらず、新しいアイテムを一つ一つ丁寧に鑑定していたため、戦闘チュートリアルのメッセージが出ていること気が付かなかったのだ。



 その結果、チュートリアルを受けるか否かの入力受付時間が過ぎてしまい、自動的にチュートリアルを受けないと判断されてしまったことで、背後からスライムに奇襲を受けいきなりの戦闘になってしまったという結末となってしまったのだ。



 のちに運営にバグ報告として意見が寄せられることになるのだが、それを受けてもこの仕様が変わることはしばらくなかった。



「申し遅れましたが、私はこの冒険者ギルドで受付嬢をしておりますニーナと申します。ギルドをご利用の際は、何かと顔を合わせることになると思いますので、よろしくお願いいたします」


「こちらこそ。俺はクラフです」



 クエスト達成の手続きを終え、報酬を受け取ると、改めて受付嬢が自己紹介をしてくる。名前は他のプレイヤーが言っていたので覚えていたクラフだったが、彼女の口から初めてだったので、これを最初としてカウントした。



 丁寧な自己紹介にクラフも短く自己紹介をし、自分の名前を教える。そのあとは、特に話すことはなかったが、他にどんなクエストがあるのかちょうどいいので聞いてみると、戦闘をする討伐系の他にも、特定のアイテムを納品するクエストやある品物を作製して納品してほしいという作製依頼などもあることがわかった。



「次からは、そっちの納品するクエストを受けると思います」


「そうですか。では、さっそく納品されますか?」



 今後生産活動をメインにするクラフとしては、モンスター討伐のクエストで稼ぐよりアイテムを納品するクエストの方が性に合っているため、次からはそういったクエストを受ける旨をニーナに伝えた。



 すると、もう既に納品可能なアイテムを獲得しているらしく、対象となるアイテムをこの場で納品してくれれば、いくつかのクエストを達成できるようだ。



「ちなみに、納品可能なアイテムってなんです?」


「えーっとですね。【ヒーリングプラント】に【スライムゼリー】、後は【ポイズンプラント】と【セントハーブ】ですね」


「け、結構ありますね」



 ニーナに言われて、改めて今回手に入れた戦利品を確認してみたところ、ヒーリングプラントが三十個、スライムゼリーが四個、ポイズンプラントが三個、セントハーブが五個入手できていた。



 彼女に言われて、クエストで納品してしまうかどうか考えたクラフだが、すべて納品せず【ヒーリングプラント三個の納品】というクエストを三回分、合計九個だけ納品しておくことにした。



「それでは、こちらがクエストの報酬となる600ゼニルです。ご確認ください」


「確かに」



 これで、クラフの所持金はさらに増加し、現在は2400ゼニルとなった。相変わらず、多いのか少ないのか相場を把握していないためわからないが、お金が増えていくことはいいことなので、クラフとしても満足である。



 それから、ニーナとはそこで別れ、クエストを受ける時にまた来ると言って冒険者ギルドを後にした。



「ああ、もうこんな時間か。まさか、冒険者ギルドとクエストを受けただけで四時間も経ってしまうとは思わなんだ」



 現在の時刻を確認すると、クラフがFLOSを始めて大体四時間が経過しており、現実の時間では一時間ほどが経過している。再ログイン時間が一時間掛かることを鑑みれば、このタイミングでログアウトしておいた方がいいのだが、次のチュートリアルが彼の心を揺さぶっている。



「なんでこのタイミングで【生産施設を利用してみよう】なんだよ……」



 そう、次のチュートリアルはクラフが待ちに待った生産関連の施設を利用する項目だったのだ。彼としては興味ありありで、是が非でもやりたいのだが、プレイ時間とログインの関係上このタイミングで一度ログアウトしておくのがちょうどいいのだ。



「くっ、ダメだ。一度ログアウトするのだ俺。次ログインすれば待っているのは生産活動だ。我慢しろ俺。男は我慢、女は我が儘だ」



 などと、訳のわからないことを言って、目を右手で覆い空を仰ぎ見る仕草をする。どうやら、彼が迷ったり悩んだりした時に出る癖のようなものらしい。



 己自身との戦いの末、お楽しみは後に取っておく精神に従って、ここは一度ログアウトすることをクラフは決めた。かなりの葛藤があったが、FLOSは逃げたりしないため、ここは冷静になるべきだと自分に言い聞かせたのだ。



「とりあえず、広場に行くか」



 そういうが早いか、善は急げとばかりに広場へと転移したクラフは、すぐにログアウトをするため、メニュー画面を開こうとした。だが、メニュー画面を開いたと同時にふと視線がプレイヤーに向けられた。



「……」


「……」



 それは女性プレイヤーで、雰囲気はどことなく自分の知っている女性に似ていた。クラフはまさかそんなはずはないとは思いつつも、改めて視線をメニュー画面へと戻し、その中からログアウトする項目を選ぶと、現実世界へと戻っていったのだった。



「ふう、戻ったか」



 ログアウトが完了したクラフ……彰は、すぐに現在時刻を確認する。時刻は彼がFLOSを初めて一時間と少し経過しており、午前十一時を少し過ぎた辺りだ。



 体感的に四時間もログインしていたため、体をストレッチしつつ、彰はすぐに昼食の支度をすることにした。



「今日は、適当に素麵でいいか」



 いつもは多少手の込んだ料理をする彰だが、早くFLOSの続きをやりたいのか、手抜き気味な料理を選択したようだ。彰は両親が二人とも共働きである身の上で、炊事や洗濯などの家事全般を両親から任されており、その腕前は今や母親以上となっている。



 仕事から帰ってきた後の彰の晩御飯を毎日楽しみにしていることは、両親も秘密しており、まさか自分の料理の腕前が調理師免許を持ったプロの料理人並であることに気付いてはいない。



 そのあまりの料理の完成度に「将来店を出してみたらどうか」と両親に言われたが、そう簡単に上手くいくものではないということと、将来やりたいことが見つかった時のためにすぐに行動できるようにという理由ですげなく断った経緯がある。



「完成。いただきます」



 料理といっても、ただ素麵を茹で市販のめんつゆを用意するだけなので、ものの十分と掛からずに今日の昼食が完成してしまった。



 素麵をすすりながら、彰は先ほどまでプレイしていたFLOSのことを考えていた。まだ、生産活動を行っていないものの、アイテムを入手したときの喜びは、クラフト系ゲーマーにとってこれ以上ない程の至福であり、楽しくて仕方がないというのが彼のFLOSをプレイした感想だ。



「とりあえず、これを食ったら父さんたちの服を洗濯して、部屋の掃除をしたらちょうどいい時間になりそうだな。……次は生産か、楽しみだ」



 そう独り言ちながら、残った素麵を啜り、自分で口にした通り洗濯と掃除を行うと、ちょうど再ログインが可能ないい時間となったため、彰は再びFLOSの世界へと舞い戻ったのであった。



「さあ、生産の時間だ」



 再びFLOSの世界へと舞い戻ったクラフは、楽しみにしていた生産ができるとあってか、意気揚々と次のチュートリアルをこなすべく歩みを進めた。



 次の目的地である【生産施設を利用してみよう】というチュートリアルは、街にある公共の施設である【生産工房】と呼ばれる場所を使って生産活動を行うというもので、それはまさにクラフが求めていた生産プレイそのものであった。



 VRMMOにおいて基本的にRPG要素が織り込まれている以上、基本となるプレイ内容は戦闘職と生産職の二つに分類される。言い換えれば、モンスターを倒してイベントを攻略するプレイヤーと、モンスターを倒すことができるよう強力な装備を作るプレイヤーとに分かれるということだ。



 この二つは切っても切れない関係であり、戦闘ができるプレイヤーがいてもモンスターを倒せる装備やアイテムが無ければ攻略が困難であり、逆にいくら強力な装備やアイテムを作れたとて、それを有効活用できる人間がいなければゲーム攻略はできないのだ。



 そして、FLOSにおいてはキャッチコピーとして“創作(クラフト)せよ! 次のFLOは生産がカギだ”と謳っている以上、戦闘職よりも生産職に重きが置かれた仕様となっているのは想像に難くはないだろう。



 そんな事情を知ってか知らずか、ルンルン気分で生産工房に到着したクラフは、さっそく中へと入る。すると、中にいたのはずんぐりむっくりな体型をした髭もじゃのドワーフのような男だった。



「おう、ここは【生産工房】だ。来るのは初めてか?」


「あ、はい」


「なら、説明からだな。ここでは装備やアイテム作製をするための設備が整った施設だ。基本として、工房は一時間につき100ゼニル支払ってもらうことになる。設備は木工、石工、ガラス工、革細工、鍛冶、裁縫、料理、錬金術、薬師、農業と何でもござれだ」


「なるほど」



 男の説明を興味深くクラフは聞く。基本的な生産については大体網羅できているが、中には専門的なものもあり、それについては専用の生産工房を購入してそれ用の設備をチューナップする必要があるらしい。



「ま、大体の生産ができるようになっとるから、最初はこの工房でも十分役に立つだろうよ。で、利用するか?」


「もちろん」


「時間は?」


「とりあえず、四時間で」


「おう。なら400ゼニルな」



 言われるがままにクラフは400ゼニルを支払う。一体、四時間もレンタルしてどうするのかと突っ込みが飛んできそうだが、クラフはそれに気付いていない。



 支払いを終えると、男がサムズアップの形にした親指を背後の扉の方に向けながら「じゃあ、その扉から入ってくれ」と告げられたので、指示に従って入ろうとする。



「ああ、言い忘れていたが、工房は基本的に一人で利用するものだが、最初に申請を出せば複数人で利用することが可能になっとるからな」


「わかりました」



 男の説明に返事をすると、クラフはもう待てないとばかりに扉へと向かう。扉に入る時、男が言ったように“利用する人数は一人でいいですか?”と選択肢が出たので、そのままYESを押して工房へと入った。



 工房内はそれなりの広さがあり、中心に大きな作業台が置かれており、その作業台を取り囲むように周囲にそれぞれ使用する生産設備が設置されている。



 木工で使うでろう道具が置かれたスペースや、鍛冶で使う炉が置かれているスペースなど、目的の生産内容に沿った設備があり、本当に大体の生産はできそうである。



「さて、まずは調合からいってみますか」



 腕まくりをする仕草をしながら、クラフは生産活動を開始するため、作業台へと歩み寄った。すると、ウインドウが表示され、生産する項目を選ぶ選択肢が出現する。



 そこには男が説明した生産内容が記載されており、本当にありとあらゆる生産を網羅しているようだった。そして、その中から薬師を選択すると、作業台に調合をするための機材がどこからともなく出現する。



「おおー、わかってるじゃないか! さて、さっそく始めようか」



 出現した機材の数々を眺めながら、クラフは生産活動を始めるため改めて持っているアイテムを確認することにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る