8.砂漠における水の重要性

「ということで、彼は私の奴隷だから。もう私の身体の虜だから。メロメロだから。全然他の誰も目に映らないくらい私に夢中だから手を出しても無駄だからね」


「ふーん」


「そうなんだぁ、残念」


 服を着てアイファの部屋を出た僕たちは、チームの女たち数人が立ち話をしていた場所に遭遇した。

 どうやらアイファの部屋の扉が開かなかったことはチーム内で話題になってしまっていたようだ。

 女たち数人にアイファが僕のことを説明する。

 僕はそれほどこいつに惚れてはいない。

 ただなかなかに抱き心地のいい女だと思っただけだ。

 まあリーシアのような女に付きまとわれても不快なので適当に頷いて話を合わせておく。


「リーシアから聞いたんだけど、アイファの彼って魔導士なの?リーシアの身体が勝手に浮いて扉の外に出されちゃったらしいんだけど」


「そうよ。ロキは水をたくさん出せる凄い魔導士なんだから!」


「水を!?すごい!!」


「ねえ、試しに出してよ」


 砂漠の真ん中にあるこの国では水が貴重なようで、アイファにしろこの女たちにしろやたらとこだわるな。

 街の中心、宮殿の隣には水が並々とたたえられた泉があるというのにな。

 水は人間が生きていくために絶対必要なものだ。

 よく人間ではないと揶揄される精霊術師でさえ、水を飲まずには3日と生きていられない。

 あの宮殿に住まうやつらは、それをよく知っているから泉を抱え込んで大事に守っているのだろう。

 壁の外側に追いやられたこいつらにはわずかたりとも泉の恩恵を受けることなどはできないのかもしれない。

 僕は指先から霧状の水を噴射して虹を作って見せた。


「うわぁ、すごい!私お兄さんの奴隷いなっちゃおうかな」


「私も私も!」


「ずるいっ、私も」


「ちょっと、みんな......」


「なによアイファ、別に奴隷の奴隷になったっていいでしょ?」


 奴隷の奴隷なんて聞いたことはないがな。

 だが僕は別に身分的に奴隷に落とされたわけでもないので誰を奴隷にしようと自由なはずだ。

 若い女を奴隷にするのは気分も悪くない。


「だめ!もうみんな離れて!奴隷の奴隷なんて絶対だめなんだから。ロキもまんざらでもない顔しないで。誰も奴隷にしちゃだめ。これは命令だからね」

 

 ご主人様の命令とあれば仕方がないな。

 少し残念だ。


「もう、部屋戻ろ。他の人たちにはみんなから説明しておいてね」


「説明はしておくけど、私たちはお兄さんを諦めたわけじゃないからね」


「またね、お兄さん」


「いつでも部屋訪ねてきてね。私そこの部屋だから」


「あ、ずるい。私はあっちの2番目の部屋ね」


 女たちは口々に自分の部屋の場所を僕に告げる。

 喧しい喧騒の中を僕はアイファに手を引かれて部屋に戻された。





「ずいぶん不機嫌そうだな」


「だって、ロキが若い女の子を奴隷にしたそうだったから。ロキは私の処女と引き換えに奴隷になったんだから、他の子になんて靡いたらだめなんだからね」


「わかっているさ。命令は守る」


 こいつは僕のような力のある男を捕まえるために、自分の価値を今まで必死に保ち続けたのだ。

 女を売らず、苦しい生活に耐えながら自分を磨き続けることなどはこのスラムにあって至難であることは想像がつく。

 その覚悟を僕は尊重する。

 少々夢見がちであることは否定しないが、信念が無ければできないことだろう。


「それで、具体的にはこれからどうするつもりなんだ」


「具体的にって?」


「お前はここから連れ出してほしいと言っていたが、本当にここを出ていくつもりなのか」


 ここから出ていくというのはこのチームからという意味なのか、それともこのスラムからという意味なのか、はたまたこの国から出ていくという意味にもとれる。

 僕は転移アイテムで偶然この国の近くに飛ばされただけであって、この国にはさほどこだわりがない。

 出ていきたいのならば連れて行ってやってもいいが、そうなると僕にも未知の世界となる。

 空間を抜ける技術はある程度ものになりつつあるので、元いた国に戻るという選択肢もある。

 だが僕は故郷である祖国も王宮の中以外は全く知らん。

 砂漠を超えて未知の国に行くのとさほど違いがあるとは思えんな。


「うーん、あれはなんというか比喩というか。今の辛い生活から連れ出してほしいという意味で......」


「なるほど。じゃあこのチームを出ていくわけではないということだな」


「うん。なんだかんだ言ってこのチームに愛着もあるし。今まで守ってもらっておいて去るときはあっさりっていうのも恩知らずみたいでしょ?」


「そうだな」


 案外律儀な性格をしている。

 そういうところは嫌いではないな。

 それにしても、スラムのチームというのは具体的にどのような存在なのか。

 女がどのように生きているのかは想像できるが、男は何をやって生活をしているのか全く想像できん。

 スラムらしく犯罪行為が主なのだろうか。

 この街に来たばかりの頃、僕を恐喝してきた2人組のように。


「チームの男たちは普段なにをしている?」


「男?うーん、色々かな。このチームは基本的にルールとか無いから、スリや置き引きから砂漠で魔物を狩る狩人まで」


「狩人?」


「そう。砂漠に行って大きな魔物と戦って倒すの」


 魔物を倒すだけか。

 僕にもできそうな仕事じゃないか。

 しかし魔物を倒してどのように生活していくのかがわからない。

 魔物の中には肉が食えるものも存在しているから、それを食って生活するのか?


「狩人は魔物ばかり食っているのか?」


「え、違うよ?食べられる魔物もいるけど、狩人が狩るのはそんな魔物ばかりじゃないから」


「食べられない魔物なんかを狩ってどうやって生活するんだ」


「ロキは本当に何も知らないんだね。魔物の甲殻とか、魔石とか、売れる部分はたくさんあるんだよ」


 売るのか。

 よく考えればそれ以外になかったな。

 蛮族でもあるまいし、通貨という便利なものを使わないわけがない。

 なるほど魔物の素材を金銭に変え、それを使って日々の糧を得るのか。

 僕にもできそうな仕事を見つけた。

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