2.見渡す限りの砂の大地

 背中を蹴られ、地面に転がり落ちる。

 僕はこの扱いに抗議しようと後ろを振り返って呆然とする。

 そこには何もなかったからだ。

 乗ってきた馬車も、それを操る人も、副将軍も。


「転移石か。そこまでするのか……」


 僕はずっと馬車で国境まで移動していると思っていたのだが、どうやら途中で僕を乗せた馬車はアイテムの力で転移していたようだ。

 そして僕を下してそのまま転移で逃げたのか。

 こんな広い砂漠なんて国内にあるという話を聞いたことはない。

 確か3つほど隣の国は砂漠のオアシスにできた国だと聞いた。

 転移石は事前に地点登録が必要なはずだから、距離的に考えてもおそらくここはその3つ隣の国の砂漠地帯なのだろう。

 まあ精霊術師を国外追放にしようと思ったらこのくらいしないと意味がないとは思う。

 しかしこれは、言葉だけの国外追放だな。

 実質は処刑に近い。

 僕は3つのときに天然の精霊術師であることがわかり親元から引き離され、それからずっと侍女に囲まれた王宮暮らしだ。

 精霊の力を借りて超常の力を振るう精霊術師というのは国にとって時に王よりも重要な役割だ。

 それゆえに僕は下手したら王族や王本人よりもちやほやされて育ってきたのだ。

 つまり何が言いたいかといえば、僕は自分一人では暮らしてはいけないほどにお坊ちゃん育ちなのだ。

 こんな砂漠に一人置いていかれて生きていけるはずがない。






 お腹が空いて死にそうだ。

 砂漠に置いていかれて今日で3日になる。

 精霊術師を処刑したとなれば外聞が悪すぎるので国外追放ということにしてこんな場所に置いていったのだろうがあの副将軍め、名前は覚えてないけど絶対許さん。

 砂を食ってでも生き伸びて生まれてきたことを後悔させてやる。

 未だ生きる意思に溢れた僕であるが、意思だけで砂漠を抜けられれば苦労はない。

 このクソみたいに広い砂漠は歩いても歩いても、人の住む場所には一向にたどり着かない。

 精霊に頼んで空中を飛行して移動してみたりもしたが、どちらにどれだけ飛ぼうと何も見えてこなかった。

 いったいどれだけ広い砂漠なんだ。

 僕じゃなかったらもうとっくの昔に死んでいることだろう。

 僕は天然の精霊術師なので照り付ける日差しもそれほど暑いとは感じない。

 精霊術師と呼ばれる存在には二種類ある。

 生まれたときから精霊と共にある天然の精霊術師と、後天的に精霊を従わせる術を学んだ人工の精霊術師だ。

 僕は前者だ。

 どちらのほうが強いとかは一概に言えるものではないけれど、どちらかといえば天然のほうが強い力を持っている可能性が高い。

 なにせ生まれたときから精霊が従っているのだ。

 僕にとっては、精霊に意思を伝えて何かをしてもらうのは息をするようなものだ。

 普通は日差しが強かったら暑いと思ってからなんとかしようと思うのだろうけど、僕にとって日差しというのは精霊たちが弱めてくれるものなので最初から暑くないものという認識なのだ。

 暑いとか、寒いとかの環境の問題は大体精霊がなんとかしてくれる。

 水も精霊がどこかからかき集めてきてくれるので飲みたいときに飲める。

 キンキンに冷えたやつをゴクゴクとだ。

 歩き疲れた足も精霊がいつの間にか癒してくれるので問題はない。

 辛いのは空腹だ。

 精霊たちに食べ物を持ってきてくれと頼んだところで何を持ってきていいのかわからないらしい。

 たまに変な生き物の死骸などを持ってくることもあるけれど、僕は料理なんてしたことがないのでどうやって食べていいのかわからない。

 そのままかじってみたりもしたけれど固くて噛み切れなかった。

 このままでは飢え死にしてしまうだろう。

 人間というのは何日くらい食べなかったら死ぬのだろうか。

 僕の空腹の辛さ加減から考えて、4日くらいだろうか。

 あと丸1日くらい何も食べられなかったらこのまま死んでしまってもおかしくはない。

 そのくらい辛いのだ。

 食べられないということがこんなに辛いとは思わなかった。

 ただ座って待っていたら食事が運ばれてくる王宮がどれだけ恵まれていたのかを今更になって思い知る。


「ダメだ、腹が減ってふらついてきた」


 急に意識が遠くなり、倒れそうになる僕の身体を精霊が優しく受け止める。

 火傷しそうなほどに熱い砂が僕が倒れた場所だけ冷やされて心地よい温度となった。

 もはや歩くこともダルくなってしばし寝転んで空を見上げる。

 雲一つない晴天だ。

 顔を横に向けて砂漠を遠くまで見渡す。

 いったいこの砂漠はどこまで続いているんだろう。


「ん?何か見えたような……」


 ゆらゆらと揺れる陽炎の中に、一瞬だけ何かが見えたような気がした。

 僕は精霊に頼んであちらに何があるのかを見せてもらう。

 空中に水鏡が浮かび、遥か彼方の物が映し出される。


「これは、街だ!」


 僕は飛び起き、宙に浮かぶ。

 ちんたら歩いてなんていられない。

 街がある方に向かって全力で飛んだ。

 1、2秒でたどり着く。

 降り立ってすぐに僕の心は再び絶望に落とされた。

 人影が全く存在しなかったのだ。

 建物は風化し、半分砂に埋もれている。

 僕が街だと思ったそこは、ただの廃墟だった。

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