体育祭翌日
朝起きて声にならない声を全身の骨に響かせながら、腕を上げて背筋を伸ばす。
カーテンを開けると眩しい朝日が部屋に差し込み、思わず眼をつぶった。
体育祭があった次の日、普段部活で運動しているはずなのに脇腹と右腕が筋肉痛で痛い。あ、右腕は腕相撲したせいか。
そっと眼をひらいて白く輝く日光に眼を慣れさせ、昨日のことを思い出す。どうしてか汗水垂らして頑張った競技や応援よりも、体育祭が終わった後の教室や帰り際のグラウンドの静けさが頭の中に風景として思い出される。
——チュンチュン、チュンチュン
電線にとまった小鳥が鳴いている。
窓から見える田んぼには用水路からとくとくと水が流れ、真緑に生育した稲が所狭しと生い茂る。
昨日体育祭が終わった後クラスラインに立華から、明日打ち上げ会をするからみんな集まってねというアナウンスがあった。
夕方からクラスメイトの家でバーベキューをするようだ。
それを見て静岡と三鍋に参加するか訊いたら二人とも参加すると返信が来たので、僕も行くことにした。
バーベキューが行われる家のクラスメイトはお父さんが社長さんなようで、その立派な家はとても広いらしい。
僕は行ったことないが、前に遊びに行った友達はその時もバーベキューをしたようである。駐車場とつながった中庭みたいなところが石畳になっていて、そのスペースがけっこう広いから一クラス分の人数なら収容できるそうだ。
朝ご飯を食べてスマホをいじってごろごろしていたらもうお昼前になっていた。
夕方までやることもないから、適当に学校の課題をする。物理のプリントを次の授業で提出しないといけないから、まずそれをやる。
斜面の上にばね定数kのばねが取り付けられていて、端には重さmのおもりがつけられている。はじめはつり合いの位置にあるおもりを、斜面の下方向にxだけ引いて放す。このとき以下の問題に答えよと。なるほど。
一問目はつり合いの位置にあるとき、ばねの伸びを答えよ。これは簡単だな。いま斜面上にあってちょっとわかりづらいけど、力を斜面に平行な成分と垂直な成分にわけて、つり合いの式を立てればいいだけだ。
つぎに時刻tにおける物体の座標を求めよ。ふーむ。ばねの問題は単振動だったな。よく覚えてないから教科書を眺めてみる。
似たような問題が解説されておりながながと数式と文章が続くが、答え周辺だけ読んでみると角振動数と振幅を使っておもりの座標を求めている。
この場合は、えっと、sinかcosかだけど伸ばした状態から始まるからcosだろうか。あとは教科書どおり振幅と角振動数を求めてみる。振幅は一問目を使えば求まる。角振動数はどうやるんだっけ。
もう一度教科書をみると運動方程式の形から角速度を出していた。仕組みはよくわからないけど、とりあえず運動方程式を立てて、ばね定数を質量で割ればいいんだな。
計算して答えを見る。——合っていた。理屈がちゃんと頭に入っているわけではないが、答えがあっているならそれでいいことにする。
次の問題に移る。これも同じようなばねの問題だった。
物理の授業で単振動は何時間もかけて説明されたが、正直あまりよくわかっていない。それでもプリントの問題は教科書に書いてあるとおりにやれば答えは出たので、それ以上深入りせずに進めた。考えてもよくわからないものは、一旦置いておいて先に進むのが大事だと思う。
物理は公式に当てはめれば答えがすぱっと直接出てくるから、そういうところは気持ちがいい。まあ公式暗記ばかりしてないで、理屈を理解しろと教師がいつも口すっぱく繰り返しているから、僕は問題が解けているだけで、物理ができるようになったわけではないのだろうが——
二時間ほどかかってプリントの問題が全部終わった。バーベキュー開始時刻の二時間前になった。
電車で行って一時間ほどかかるから、そろそろ準備を始めよう。
クローゼットを開けて外着の私服に着替える。僕は服をそんなに持っていないから、着る服というのは大体決まっていて今日も黒い半そでTシャツに、白くはげたようなストレッチジーンズを取り出し無造作に着る。
ちょっと早いけれど家にいても誰とも話さないしやることもないから、出発しようと思い一階へ下りて母親に送ってほしいと伝える。母親はちょっと待ってねとだけ言って、二階へ上がっていった。
僕は玄関を出て、手入れされておらず好き勝手に草の生えた庭をじっと眺めていた。
ガレージのとなりに植えられたコニファーが細長く背を伸ばし、明るい黄緑色の針葉から漂うさわやかな柑橘系の香りが鼻を抜ける。
玄関扉を開けて母親が出てきた。
「コニファーいいでしょう。花言葉が永遠とか不変とかなんですって」
「……うん」
僕は小さな声で答え車に乗る。
車の中で考えていた。今日も結城と会えないかな。日曜のこんな時間にあっちも電車乗るなんてありえないか。
休みの日、結城はなにしてるんだろうなあ。
自分は毎週だらだらと過ごして同じような休日ばかりだな。
花言葉が永遠とか不変か——
今まで誰かと付き合うことはなかったし、告白したこともされたこともなかった。これからも恋愛の当事者になることなく、外から眺めるだけの人生を送っていくのだろう。
結城のことが好きだからといって、それ以上何か行動してきたわけではない。それはこの先も変わらずただ、僕とは違う眩しい人たちのロマンスを輪の外から眺め続ける。
それで自分には十分だと思った。
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