体育祭3

僕は走っている選手たちと結城がいるスタート地点を交互に確認する。今のランナーを応援したいのに、どうしても視線が勝手に結城のいるほうへ向いてしまう。


軍隊みたいなほふく前進でネットをくぐった第一走者たちが僕らのいるところへ近づいてきた。

立華は三位につけている——

ネットくぐりの次はトラック上に置かれた椅子を持ち、そのまま次の障害物まで走る。トラックの内側に机やらタンスやらが置かれているので、後の走者ほど重たいものを持たされるのだろう。

僕たちの目の前を椅子を抱えたランナーが駆けてゆく。


立華はスポーツ女子と言えどやっぱり女子。男子ランナーたちが片手で椅子を掲げ疾走していく一方、女子勢は男子に引き離され苦しそうだ。立華も歯を食いしばり走っている。その姿がなんだか僕にはもの珍しくて、いつもはクラスを牛耳るあの溌剌系美少女がこんな必死な姿になるなんて結構見ごたえがあった。


三鍋が手をメガホンみたいにして声を上げる。


「立華がんばれー」


立華は気づかずに僕らの前を通り過ぎていった。

トラック近くで立っている女子たちが女子ランナーに声援を送る。


「立華ちゃーん、がんばってえ」

「がんばれーもうちょっと!」

「あとで香水使わせてあげるよー」


腰を曲げてきつそうな立華も女子たちの前では笑顔になる。

なかにはギャラリーに手を振ろうと、無理に片手で椅子を持ってみたもののやっぱり無理だったようで、地面に置いて立ち止まる女子ランナーもいる。


男子では掛け合わないような温かな声援を送るギャラリー女子たちのなかに、加藤と侘実もいた。みんな自分たちの席よりも好き勝手な場所から観戦しているようだ。

三鍋がつぶやく。


「うーん、やっぱ女子にはきついよー」


それは僕も同意する。


「三鍋が出たら今の女子みたいな感じになるだろうね」

「そ……それは舐めすぎ!さすがに片手で椅子ぐらいは余裕だよ」

「掃除のときとか三鍋が持つと重たそうだけどね」

「それは机が重いから!!」


なんだやっぱり重たいんじゃないか。

僕が鼻で笑っているとなりで三鍋が空中に向かって言う。


「あーゲームしたくなってきたなー」

「……突然だな」

「いつだってゲームのこと考えてるから。寺木も沼にはまってみれ——」

「やめておくよ」

「え……??」


三鍋がおおげさに眼を見開いてこちらを見る。

お餅のようにぷっくらした頬がやわらかそうだ。僕の口もとがゆるんで右手で三鍋のほっぺたをつねり——っと危ない。途中まで上げかけた右手で髪をさわり、かゆくもない後頭部を掻く。


そうこうしているうちに第三走者までまわった。

僕は立ちあがり、同期クラスのホーム席を離れる。走者と逆向きにトラックをまわって、さっきのところよりスタート地点がよく見えるグラウンドの正面左側へ向かう。

何も言わず後ろから三鍋もついて来ていた。


野球部員の大応援歌がグラウンド反対側のこちらまで届く。


ウォオーーー、ウォオオーウォオオーウォオオーー


歩いていると左足が何かにぶつかって、僕は立ち止まった。三鍋も立ち止まる。

下には角ばった石が地面に埋まっていた。


じっとその石を見ていたら、三鍋が足で掘り起こしだした。まわりの砂をランニングシューズのアウトソールで掘削していき、ガンガンと石を蹴る。

石は動かない。


ウォオーーー、ウォオオーウォオオーウォオオーー

ウォオーーー、ウォオオーウォオオーウォオオーー


応援歌が空高く響いている。


ザッザッザザッ


黒の下地に白文字でチェックマークがデザインされたランニングシューズを地面に躊躇なくぶつけつづける。

通気性のよさそうなメッシュ素材に黄土色の砂模様がこびりつき、小学生の靴みたいに汚れていく。


飛び跳ねた砂は僕のすねに当たり、靴のなかへ入った。

三鍋は蹴りつづける。


ザッザッザザッ


石は動かない。


「あーむりだー」


三鍋はあきらめてさっきまであんなに蹴り飛ばしていた石に眼もくれず、すたすたと歩きはじめた。


「てらきんぐどこいくの?」

「あっちのほう」


僕は指をさして答える。

炭色の表面をわずかに覗かせた石は、角の一部が砕け刃こぼれしたみたいになって、チョークの粉を思わせる小汚い砂粒がこびりついていた。

自分のすねにも付いていないか気になり確認する。

何もついていない。

それでもなんだかやけにかさかさと乾いた肌に無数の砂埃がまとわりついたような、そんな嫌なイメージが頭の内にうずまり取れなくなった。


「てらきんぐー。いこうよー」


三鍋が声をかける。

僕は三鍋のシューズを見る。

砂にこびりつかれたシューズの上面がさっきと変わらず汚れたままである。でも三鍋は気にならないらしい。


ずーとやまない応援歌が空高く響く。


僕と三鍋は並んでトラックのすぐ外を再び歩きだした。

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